お盆に釣りをしてはいけない、という言い伝えについて

霊に足を引っ張られる、殺生をしてはいけない。お盆に海へ行くことを戒める言い伝えは各地にあります。その裏に、この時期の海がどうなっているかという事情がないかを調べました。

お盆に釣りをしてはいけない、と言われることがあります。理由として語られるのは、だいたい次の2つです。

  • 霊に足を引っ張られる。 お盆は先祖の霊が帰ってくる時期で、海はあの世への出口とされる。連れていかれる
  • 殺生をしてはいけない。 仏教の教えとして、この時期に生き物の命を奪うことは避けるべきとされる

今年もその時期になりました。せっかくなので、この言い伝えを少し調べてみることにしました。

私が気になったのは、この時期の海が実際にどうなっているかです。言い伝えの多くは、何かの経験が形を変えて残ったものだと思うからです。過去にこの時期の事故が重なって、それが「霊に足を引っ張られる」という言い方になったのではないか。そう考えて調べたら、いくつか出てきました。

この記事は調べて書いたものです。信仰そのものの是非を論じるつもりはありません。

言い伝えのほうを、まず確かめる

殺生のほうは、はっきりした裏づけがあります。

仏教には不殺生戒という戒めがあります。生き物の命を故意に奪ってはいけない、というものです。お盆は先祖を供養する期間なので、この戒めを特に意識する時期とされてきました。お盆に精進料理を食べる習慣も、同じ考え方から来ています。

先祖の霊がトンボや蝶に乗って帰ってくるので、生き物を殺すと帰ってこられなくなる、という言い方もあります。地域や宗派によって説明は違いますが、釣りは殺生にあたるという点は共通しています。

なお、この時期は食肉のと畜も、ほぼ止まっています。日本食肉市場卸売協会は毎年「夏季臨時休業(盆休み)状況」という一覧を公表していて、全国の食肉市場について市場業務ととちく業務を日ごとに示しています。令和7年度の表では、多くの市場で8月13日前後から数日間の休業が並びます。ただしこれは従業員の休暇と取引先の休業に合わせた営業上の判断で、備考欄には「豚のみとちく」といった注記もあります。宗教上の禁忌として休業しているわけではありません。

霊のほうは、もう少し話が広がります。 旧暦の7月は閻魔様の休みで、地獄の釜の蓋が開く。その間に出てきた霊が、水に入った人の足を引っ張る——という語られ方です。

ここで私が引っかかったのは、なぜ足を引っ張るのが水の中なのかという点です。地獄の釜の蓋が開くだけなら、場所は水でなくてもいい。それなのに、この言い伝えは水辺に強く結びついています。

この時期の海に、実際に起きていること

調べてみると、お盆の頃の海にはまとめて条件が重なることが分かりました。

晴れているのに大波が来る

土用波という言葉があります。夏の土用の頃に打ち寄せる大波のことで、Wikipediaの解説によれば、夏の土用の時期にこのような波が来ることは古くから漁師の間で知られていたそうです。近代気象学によって、その正体が遠洋の台風だと分かりました。

厄介なのは、その伝わり方です。

波頭が丸く波長が長いうねりは、減衰しにくいという特徴をもっており、遠く沖縄にある台風のうねりが約1,500キロメートル離れた静岡県の遠州灘沿岸や千葉県の九十九里浜まで伝わることがある。

1,500キロ先の台風の波が届くわけです。しかも同じ解説には、長距離を伝わったうねりは普段はそれほど高くないものの、稀に複数の波が重なって、通常の2〜3倍の高さの波になるとあります。その割合は千波に一波ほど。

つまり、空は晴れていて風もない日に、突然大きな波が来るということが起こります。原因は数百キロから1,500キロ先にあるので、その場の空を見ても分かりません。

これは、当時の人にとって説明のつかない出来事だったと思います。穏やかな海で、何の前触れもなく人がさらわれる。

しかも大潮と重なります

同じ解説に、見逃せない一文がありました。

土用波の最盛期は、現在では海水浴のピークに当たるうえ、大潮とも重なるため、この時期に遠洋に台風がある際には十分な注意が必要である。

大潮と重なる。 これは偶然ではありません。お盆は旧暦7月15日を基準とする行事で、旧暦は月の満ち欠けで決まります。旧暦15日は満月です。満月は大潮なので、お盆はもともと大潮の時期に設定されていることになります。

新暦の8月13日から16日に固定された今も、この年は結果的に大潮と重なりました。2026年の大洗の潮位データで確かめてみます。

日付潮回り日潮差
8月13日大潮138 cm
8月14日大潮133 cm
8月15日大潮116 cm
8月16日中潮98 cm
参考: 年平均103.7 cm

お盆4日間の平均は121cmで、年平均の117%。 今年は8月13日が新月にあたるため、初日から大潮です。

大潮は、潮位の上下が大きいということです。地磯やテトラで、思ったより早く水位が上がる。干潟で、帰り道が水に沈む。潮の流れも速くなります。

水温が最も高い時期でもあります

海面水温は気温より遅れて上がるので、8月がピークになります。水に入りやすい、長く入っていられる、という条件です。人が水辺にいる時間そのものが長くなります。

つまり、何が重なっているのか

並べるとこうなります。

要素内容
土用波遠くの台風のうねりが届く。晴れていても突然大波が来る
大潮旧暦15日を基準とする行事なので、もともと満月の時期
水温年間で最も高い。人が水に入る
人出夏休みと重なり、水辺にいる人が最も多い

危険な条件と、人が集まる条件が、同じ時期に重なっています。

警察庁の統計でも、水難事故は7月と8月に集中しています。夏季の3か月で年間発生件数のおよそ半数を占めるとされています。これは川遊びや海水浴の人数が増えるためですが、その上に土用波と大潮が乗ることになります。

私の考え

ここからは推測です。

言い伝えは、この重なりを言い当てたものではないかと考えています。

「土用波が来るから危ない」と説明するには、遠くの台風の存在と、うねりが減衰せずに伝わる性質を知っている必要があります。近代気象学がなければ無理です。実際、上の解説にも古くから漁師の間で知られていたが、原因が分かったのは近代気象学の発達に伴ってのことだと書かれています。

原因が分からないまま、事故だけが繰り返される。穏やかな海で人がさらわれる。それが毎年、決まった時期に起きる。

そういうとき、「この時期は海に行くな」という形で伝えるのは、極めて合理的だったのではないでしょうか。理由を正しく説明できなくても、行動を変えることはできます。しかも先祖供養という、誰もが従う行事に結びつけておけば、忘れられずに毎年繰り返されます。

言い伝えは、原因が分からない時代の安全マニュアルだった。 これが私の見立てです。

もちろんこれは私の推測で、そう書かれた資料を見つけたわけではありません。信仰としての側面が先にあって、危険はあとから重なっただけ、という順序も考えられます。

ただ、結果として何が起きるかは同じです。「お盆は海に行くな」に従った人は、土用波と大潮を避けられます。

で、釣りに行くのか

私は、この言い伝えを迷信として切り捨てるつもりはありません。かといって、釣りをしないと決めているわけでもありません。

ただ、中身を知ったうえで判断したいとは思います。

土用波は「お盆だから」来るのではなく、南に台風があるから来ます。まさに2日前、台風15号が統計史上初めて茨城県南部に上陸しましたが、このような近くにある場合だけでなく、遠くにある場合も波浪に大きな影響を及ぼすわけです。もちろん現代は確かめる方法があり、台風の位置と波浪の予報を見ればいいということになります。周期の長いうねりが入る予報が出ていれば、その日は磯やサーフをやめる。潮位表を見れば、大潮でどこまで水位が上がるかも分かります。

「お盆だから危ない」ではなく、「今日は南に台風があって、大潮で、うねりが入る予報だから危ない」と言えるほうが、行動を決めやすい。言い伝えが束ねていたものを、ひとつずつほどいて見られる時代になった、ということだと思います。

そのうえで、殺生のほうは別の話です。これは危険とは関係のない、供養についての考え方です。従うかどうかは各自の信仰の問題で、私が何か言えることではありません。家の習わしとして釣りを控えるという判断も、十分に筋が通っていると思います。

私はこの時期、穏やかな河川に行くことが多いです。理由はここまで書いたとおりで、サーフや磯に比べてうねりの影響を受けにくいからです。結果として言い伝えに半分従っているようなもので、我ながらどっちつかずではあります。

確かめられていないこと

お盆の期間に水難事故が特に多いというデータは、見つけられませんでした。 7月と8月に集中しているという統計はありますが、8月13日から16日だけを取り出した数字は探せていません。「お盆に事故が多かったから言い伝えができた」という私の推測は、そこまでは裏づけられていません。

言い伝えの成立過程を扱った資料も見つけていません。 民俗学の分野に研究があるかどうかも含めて、今回は調べきれていません。

使ったもの・参考文献