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カビボラは白点病なのか:症状と水温と塩分から確かめる

涸沼の秋の名物、カビボラ。釣り人の説明では「急な水温変化で白点病に感染した」とされています。ただし白点病は点が散る病気で、カビが生えたようには見えません。症状に合うのは水カビ病のほうでした。そして水温は、カビが増える条件ではなく魚が弱る条件として読むと筋が通ります。

この記事の見出し

ボラは底をなめるでは、ボラの成長段階と食性を扱いました。この記事は、そのボラが病気になったときの話です。

秋の涸沼で、体表に白いものが付いたボラが大量に現れ、それをシーバスが襲う。カビボラと呼ばれています。

調べて書いた記事です。私はカビボラを、映像と記事でしか見たことがありません。そのため、この記事で扱えるのは「釣り人の説明が資料と合うかどうか」までです。

釣り人側の説明は、どこでもほぼ同じです

複数の媒体が、同じ一文でカビボラを説明しています。

急な水温変化によってボラが白点病に感染し、カビが生えたように見える。その弱ったボラを捕食するパターン。

ベイトロッドのメーカーの記事と釣り情報サイトが、ほぼ同じ言い回しで書いています。涸沼の秋の風物詩とも呼ばれています。

この説明には、噛み合わないところが2つあります。

1つめ。白点病は、点が散る病気です

白点病は、体表に白い点が散る病気です。カビが生えたようには見えません。

原因は繊毛虫という単細胞の生き物で、淡水と海水で別の種類です。

魚がいる水原因になる生き物病名
淡水Ichthyophthirius multifiliis白点病
海水Cryptocaryon irritans白点病、クリプトカリオン症

どちらも、魚に寄生して育ち、やがて魚を離れてシストという殻を作り、その中で分裂して増え、また魚に取りつきます。同じような生活の仕方をするので、まとめて白点虫と呼ばれています。

見た目は、塩粒か砂粒のような細かい点です。綿のようにふわふわしたものは、ふつう別の病気の記述に出てきます。

2つめ。海水性の白点虫は、高い水温を好みます

海水性の白点虫は、25℃から30℃の高水温を好むとされています。

「水温が急に下がって」という説明と、向きが逆です。水温が下がることは、この虫にとって増えにくくなる方向です。

涸沼は汽水湖なので、淡水性と海水性のどちらが問題になるかは塩分によります。どちらにしても、点が散る病気であることは変わりません。

では、症状に合う病気は何か

「カビが生えたように見える」という記述に合うのは、水カビ病のほうです。

静岡県水産・海洋技術研究所浜名湖分場の魚病情報が、アユのミズカビ病を次のように整理しています。

項目内容
原因ミズカビ類のサプロレグニア属のカビ
取りつく場所皮膚、鰓、鰭の損傷部や病変部にカビの胞子が付く
見た目初期は体表や鰭の先端に小さな白点。進行すると綿毛状の塊(ワタカブリ)になる
病魚の様子衰弱して群から離れ、表層に浮上することが多い
位置づけ二次的な病気。無傷で健康な魚は寄生を受けにくい

この表の3行目が、混同の入口かもしれません。水カビ病も、初期には小さな白点として見えます。白い点が見えた段階で「白点病」と呼び、進行して綿状になったものを同じ病気だと思えば、「白点病でカビが生えたように見える」という説明ができあがります。

ここまでは、症状の話です。では水温はどうか。

水カビの側も、水温が下がると増えるわけではありません

同じ資料は、ミズカビについて、一般に低温性で、10℃から18℃の範囲でよく発育し、20℃以上になると発育が抑制されると書いています。

これだけ読むと、秋の水温低下と話が合います。私も最初はそう読みました。ただし、そう単純ではありませんでした。

菌そのものは、暖かいほうがよく育ちます

Sformoら (2021)は、アラスカのコルビル川と、カナダの養殖場から取った2つのサプロレグニア株を培地で育て、水温と塩分を変えて成長速度を測っています。

結果は、試した範囲でいちばん高い24℃かつ低塩分で成長が最大でした。4℃で塩分2%の条件では、成長が観察されませんでした。

Lindholm-Lehto (2024) の総説も、サプロレグニア属が5℃から40℃という広い水温範囲でよく育つとした古い報告を引いています。

「低温性」という書き方とは、かみ合いません。

ただし、感染に使う胞子は20℃を超えると減ります

同じ総説が、続けてこう書いています。水温が20℃を超えると遊走子の生産が減る。

遊走子は、水中を泳いで次の魚に取りつく胞子です。菌糸が伸びる速さと、感染を成立させる胞子を作る量は、別の話でした。

3つの資料は、この区別を入れると並びます。

資料測っているもの水温との関係
Sformoら (2021)培地の上で菌糸が伸びる速さ24℃までは暖かいほど速い
Lindholm-Lehto (2024) が引く報告遊走子を作る量20℃を超えると減る
静岡県の魚病情報池のアユが発病するかどうか10℃から18℃でよく発育

現場で起きることは、いちばん下の行です。そして下の行は、上の2行の足し算では決まりません。

Sformoら自身が、そこを書いています。実験室の結果だけを見れば、いちばん水温の高い時期に感染がピークになるはずでした。しかし現地の漁師と生物学者の観察は、そうなっていません。同論文は、暖水期が感染増加の主因だという証拠は、現時点では無いと結論しています。

「急な水温変化」は、魚が弱る条件として読めば通ります

では、釣り人の説明にある「急な水温変化」はどう読むか。

カビが増える条件としてではなく、魚が弱る条件として読めば通ります。

静岡県の資料は、ミズカビ病の予防の項で、発病に関わる要因を4つ挙げています。

  • ハンドリングによる体表などの傷とストレス
  • 急激な水温変動や環境悪化による皮膚の異常
  • 他の疾病による病変患部の残存
  • 過剰投薬による生理的悪影響

2つめが、そのまま釣り人の説明です。ただし向きが違います。水温が下がってカビが元気になるのではなく、水温が急に変わって魚の皮膚が傷むほうです。

魚の状態が効くことは、測られています。Lindholm-Lehto の総説が引く2022年の報告では、傷を負ったニジマスとブラウントラウトは、健康に見える魚より体表のサプロレグニアの量が有意に多かったとされています。

水カビ病は二次的な病気です。一次の要因が先にあって、そこに付く。釣り人の説明の中で、いちばん筋が通っているのは、この「急な水温変化」の部分でした。

ただし、水カビは淡水のカビです

ここで別の問題が出ます。サプロレグニアは淡水のカビです。

Lindholm-Lehto の総説は、はっきり書いています。海では水カビ病がまれにしか起きない。サプロレグニア属は、塩分が1.75%(食塩として)を超える海の環境では生き残れないため。

では、涸沼の塩分はどれくらいか。

環境省の日本の汽水湖は、全国56の汽水湖を塩分で並べています。涸沼は、塩化物イオン濃度で3,000から5,000 mg/L を概ね下回る群に入っています。サロマ湖や中海のように海水に近い湖とは、別の側です。

同資料が載せている換算式で塩分に直します。

塩分S(‰) = 1.80655 × 塩化物イオン(mg/L) × 10⁻³
水塩化物イオン (mg/L)塩分 (‰)食塩の濃度に直すと (%)
涸沼の下限側3,0005.40.54
涸沼の上限側5,0009.00.90
海水—353.5
生き残れないとされる境目—17.51.75

涸沼は、境目の半分に届きません。水カビが生き残れる側にいます。

Sformoらの実験も、同じ向きを指しています。食塩1%、2%、5%の培地でも成長が観察された試行があり、成長が完全に止まったのは10%と20%でした。別の試行では4%から8%で成長せず、6%の培地から真水に戻しても菌糸は生き返りませんでした。濃度によって結果がばらついていますが、涸沼の0.5%から0.9%は、どの試行でも成長が観察された範囲です。

ただし、塩分があると成長は遅くなります。同論文は、塩分が上がるほど成長速度が有意に下がることを示しています。4℃かつ食塩2%では成長を93%抑え、24℃かつ食塩2%では57%でした。

涸沼の塩分は、水カビを止める濃度ではないが、淡水よりは遅くする濃度ということになります。

涸沼の中でも、場所によって違います

環境省の資料も、汽水湖の塩分が上流側と下流側で変わることを前提にしています。淡水が流れ込む側では、水カビが育ちやすい条件に近づく。

これは筋としては通りますが、涸沼のどこで塩分がいくつかを測ったデータを、私は見つけられませんでした。

白点虫のほうは、どちらとも言えません

上で保留にした「淡水性と海水性のどちらの白点虫か」も、ここで答えられるはずでした。答えられません。

海水の2割という塩分は、淡水でも海水でもない中間です。それぞれの白点虫がこの塩分でどう振る舞うかを調べた資料に、私は当たっていません。

合わないところが、もう1つ残ります

静岡県の資料には、こうも書かれています。

発病は、採捕や選別や輸送など、扱われる機会の多い稚魚によく見られる。成魚ではまれで、その場合も他の病気の後など、感染しやすい要因があるときに限られる。

カビボラは、成魚のボラが大量に、という現象です。アユで書かれていることと、そのまま重なりません。

もっとも、これは養殖池のアユの話です。扱われる機会の多い稚魚に多いのは、人が網で掬うからです。自然の水域で、成魚が同時に大量の傷やストレスを受ける条件があるなら、話は変わります。急な水温低下がそれにあたるかどうかは、この記事では決められません。

誰も、現物を調べていないようです

ここまでは「症状の記述と資料が合うか」だけの話です。

涸沼のカビボラの体表に付いているものを顕微鏡で見て、種を同定した報告を、私は見つけられませんでした。探したのは、茨城県水産試験場、農林水産省の魚病情報、水産研究・教育機構、大学の紀要です。

釣り人が「白点病」と呼び、私が「水カビのほうが近い」と言っているだけで、どちらも現物を見ていません。

この記事で言えるのは、次の一文までです。釣り人の説明にある「白点病」という病名は、同じ説明の中にある「カビが生えたように見える」という症状とも、「水温が下がって」という条件とも合いません。症状と水温の両方に合うのは、水カビ病のほうです。

弱った魚は、群れから離れて浮きます

病名がどちらであっても、釣りに効くのはここから先です。

上の表の最後の行を、もう一度置きます。病魚は衰弱して群から離れ、表層に浮上することが多い。

この一文は、釣り人が見ている光景の説明になっています。

ボラは底をなめるで書いたとおり、大きくなったボラは底の付着藻類を砂泥ごと食べます。底にいる魚です。その魚が表層に浮いて、群れから離れて単独で漂っている。捕食者から見れば、条件がまるで違います。

項目健康な群れ弱った個体
層底、または移動中は中層表層に浮く
群れ群れている群れから離れる
動き揃って泳ぐ衰弱している

群れから離れることが、なぜ効くのか。群れは、捕食者が1尾に狙いを定めるのを妨げます。ボラは底をなめるで触れたベイトボールも、群れが密集して個体を選びにくくする現象です。そこから外れた1尾は、選びやすい標的になります。

捕食者は、弱った個体を選ぶのか

選ぶ、という研究はあります。ただしどれもシーバスの研究ではありませんし、水カビの研究でもありません。

寄生虫に感染した獲物が捕食されやすくなる現象は、選択的捕食と呼ばれます。理由として調べられているのは主に2つです。

1つめ。見つけやすくなる

Waleら (2021)は、ブルーギルの目のはたらきを数式にして、感染したミジンコがどれだけ見えやすくなるかを計算しています。

ミジンコは半透明です。3種類の寄生虫はどれもミジンコの透明度を下げ、上から差す明るい光を背景に、暗く目立つようにしていました。

その結果、ブルーギルが感染したミジンコを見つけられる距離は、感染していないものより19%から33%遠くなりました。寄生虫の種類による幅です。3種のうち2種は、明るさだけでなく色のコントラストも上げていました。

3種のうち1種は真菌です。カビが付いた獲物が見つけやすくなる、という筋自体は測られています。

ただし、ミジンコは半透明で、ボラは違います。透明度が下がって目立つという仕組みは、そのままボラには持ち込めません。

2つめ。群れの結束が弱まる

Seppälä, Karvonen and Valtonen (2008)は、目に寄生する吸虫を感染させたニジマスの群れを観察しました。

感染した魚の群れは、個体数が少なく、2つ以上に分かれることが多くなりました。

差がはっきり出たのは、捕食者を出したときです。鳥の襲撃を模した刺激を与えると、健康な魚の群れは最も近い仲間との距離を50%以上縮めて、密集しました。感染した魚の群れでは、その変化が起きませんでした。

これは、静岡県の資料にある「群から離れる」と同じ向きです。別の魚の別の病気で測られた話が、同じ方向を指しています。

ただし、仕組みが違います

ここから「だからシーバスがカビボラを選ぶ」とは言えません。理由は3つあります。

1つめ。捕食者が違います。ミジンコを食べたのはブルーギル、ニジマスを襲ったのは鳥です。

2つめ。病気の効き方が違います。ニジマスの群れが崩れたのは、寄生虫が目に白内障を起こして視力を落としたからです。水カビは体表に付く病気で、目を侵しません。同じ結果になる理由がありません。

3つめ。寄生虫の都合が違います。上の2本を含め、選択的捕食の研究の多くは、寄生虫が魚から次の宿主へ移るために宿主を操作するという文脈で行われています。水カビはシーバスに食べられて移る生き物ではないので、宿主を操作する理由がありません。

言えるのは、「弱って群れから離れ、表層に浮いた魚が食べられやすい」という筋が、複数の研究で同じ向きを指している、というところまでです。

分かっていないこと

現物が同定されていません。 この記事でいちばん大きな穴です。涸沼のカビボラに付いているものが何かを、顕微鏡で確かめた報告を見つけられませんでした。私の「水カビのほうが近い」も、症状の記述との突き合わせでしかありません。現物の写真があれば、少なくとも点なのか綿状なのかは分かります。

ボラで水カビ病が報告された例を見つけられませんでした。 症状の記述に使った資料はアユのものです。アユで書かれていることがボラに当てはまるかは分かりません。しかも同じ資料は、成魚での発病はまれだと書いています。カビボラは成魚が大量に、という現象なので、そこは重なりません。

現場での発病と水温の関係は、資料の中でも決着していません。 培地の上では暖かいほど菌糸が伸び、遊走子は20℃を超えると減り、池のアユは10℃から18℃でよく発病する。Sformoら自身が、実験室の水温だけでは現場の感染の時期を説明できないと書いています。

涸沼の秋に、水温がいつ何度になるのかを測ったデータに当たっていません。「急な水温変化」がどれくらいの変化を指すのかも、どの記事にも数字がありませんでした。

涸沼の塩分を、場所別・時期別に測ったデータを見つけられませんでした。 使ったのは、全国の汽水湖を並べた環境省の資料にある「3,000から5,000 mg/L を概ね下回る」という記述だけです。

海水の2割という塩分で、白点虫がどう振る舞うかを調べていません。 淡水性と海水性のどちらが涸沼で問題になるのかを決められませんでした。

塩分1.75%という境目は、総説が引いている1994年の報告の値です。 原論文は読んでいません。

Sformoらの実験は、培地の上での話です。 シャーレの寒天で菌糸が伸びる速さと、魚の体の上でカビが広がる速さが同じだとは限りません。

Cryptocaryon の適水温25℃から30℃は、百科事典的な記述から取りました。 一次資料には当たっていません。

選択的捕食の2本は、どちらもシーバスでもボラでも水カビでもありません。 捕食者はブルーギルと鳥、病気は目の吸虫とミジンコの寄生虫です。

シーバスがカビボラを選んで食べているかを測ったデータはありません。 ボイルが起きている場所にカビボラが多い、という釣り人の観察はありますが、健康なボラとカビボラのどちらがどれだけ食われたかを数えた記録は見つかりませんでした。「良く釣れるルアー」の正体で書いたのと同じ問題です。

茨城のデータではありません。 病気の資料は静岡県とフィンランドとアラスカ、塩分の資料は全国の汽水湖の比較、選択的捕食は海外の実験室です。

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