稚アユ:いつ来るかが、公開データで分かります

久慈川と那珂川では、アユの遡上初確認日と平均全長が12年分公表されています。河口から8キロの定点で平均3月8日、30キロで3月20日。平均全長は約8センチ。そして今年の遡上量を海水温から予測する研究もあります。いま来ているかを確かめられる、唯一のベイトです。

この記事の見出し

落ちアユの逆です。同じ魚が、春には下から上へ動きます。

そして、このベイトには他にない特徴があります。いつ来るかが、県の公開データで分かります。

調べて書いた記事です。

冬のあいだ、海にいます

茨城県水産試験場内水面支場のマニュアルに、こうあります。

秋に川で産卵された卵は2週間ほどで孵化し、海へ下ります。そして冬期は動物プランクトンなどを食べながら沿海で成長し、春期には上流を目指して遡上が始まります。

つまり、遡上する前のアユは海にいます。河口やサーフで見かける可能性があるのは、この時期の個体です。

ベイトはなぜそこにいるのかで挙げた、水がプランクトンを集める4つの仕組みは、動物プランクトンを食べているあいだのアユには効く相手ということになります。これは食性からの推測で、確かめていません。

遡上の日と大きさが、12年分公表されています

茨城県水産試験場内水面支場は、久慈川と那珂川に定点を置いて、2月から遡上調査を実施しています。その結果が毎年公表されています。

年久慈川 堅磐堰 (河口から約8 km) の遡上初確認日同 平均全長 (mm)那珂川 千代橋 (河口から約30 km) の遡上初確認日同 平均全長 (mm)
20253月13日79.63月13日90.9
20243月19日74.13月19日72.1
20232月15日81.73月16日95.4
20222月24日70.73月15日79.0
20213月17日78.73月17日82.4
20203月3日69.03月13日80.6
20193月5日71.13月19日86.1
20183月14日85.03月20日83.5
20173月21日74.93月13日84.7
20162月23日86.23月23日81.1
20152月25日70.23月31日77.4
20143月25日89.44月2日87.0

この12年分から計算しました。

項目久慈川 堅磐堰 (河口から約8 km)那珂川 千代橋 (河口から約30 km)
遡上初確認日の平均3月8日3月20日
最も早かった年2月15日3月13日
最も遅かった年3月25日4月2日
年による幅38日20日
平均全長の平均77.5 mm83.3 mm
平均全長の範囲69.0から89.4 mm72.1から95.4 mm

河口から遠い定点ほど、遅くなります

3つの数字が並びます。

観測地点河口からの距離遡上初確認日
久慈川 堅磐堰約8 km平均3月8日 (2014年から2025年)
那珂川 千代橋約30 km平均3月20日 (2014年から2025年)
那珂川 茂木町49 kmと56 km平年値4月3日 (1989年から2023年)

一番下は栃木県水産試験場の報告によるものです。

なお、同じ那珂川の上流部でも、対象期間で平年値が変わります。中村・糟谷 (2004) は河口から48キロと60キロの定点で、1982年から1999年 (1983年を除く) の17年平均を4月8日としています。上の表の4月3日は1989年から2023年の平均です。5日早くなっていますが、期間も地点も違うので、原因は決められません。

河口から遠いほど遅い、という順番になっています。

ただし、この3つの数字から遡上の速度を計算することはできません。上の2つは別の川ですし、いちばん下は観察の方法も対象期間も違います (現地調査員による目視と、投網による採捕)。順番が距離と整合している、というところまでです。

速度そのものは、別に報告があります。石嶋 (2011) が、アユの遡上速度は1日あたり0.3キロから3.5キロという報告を引いています。10倍以上の幅があります。石嶋自身は、この速さなら約1キロ離れた観測地点どうしだけでなく、約3.5キロ離れた地点どうしでも同じ遡上群を二重に数えている可能性があると判断しました。そして、二重に数えるおそれのある地点と、支流へ上る群が混じる地点を外して、数え直しています。

この数字も孫引きです。石嶋が引いているのは高橋・東 (2006) の書籍で、私は原典を見ていません。

それでも、河口やサーフで稚アユがいるのは、これらの日付より前ということにはなります。遡上定点で見つかった時点では、もう川を上り始めています。

大きさは約8センチでした

平均全長は69.0ミリから95.4ミリの範囲で、2定点の平均は77.5ミリと83.3ミリでした。おおむね8センチです。

釣り人向けの解説サイトがまとめた一覧では、稚アユパターンのベイトの大きさを5センチ前後、使うルアーを7センチから9センチ程度としています。

ルアーの大きさは実測と合いますが、ベイトの大きさの記述とはずれます。

理由として考えられるのは、測っている場所が違うことです。上の数字は河口から8キロと30キロの地点で採捕した個体のものです。海や河口にいる遡上前の個体は、これより小さい可能性があります。ただし、それを測った数字を私は見つけられませんでした。

なお、那珂川の定点のほうが平均全長が大きいという差も出ていますが、別の川なので、距離による差とは言えません。

今年多いかどうかも、予測されています

ここがこのベイトの特別なところです。

何が何を予測するのか

中村智幸・糟谷浩一 (2004) は、那珂川で1980年から1999年の遡上群の観察記録と、河口付近の海水温を突き合わせた研究です。観察地点は河口から約48キロと約60キロの2定点で、3月1日から6月30日まで、主に午前中の約10分間に観察された遡上群の数を記録しています。

予測に使う数字何を予測するか相関
2月から3月の積算海水温遡上初認日r = -0.821 (p < 0.0001)
3月の積算海水温遡上群数r = 0.500 (p = 0.0495)
遡上初認日遡上群数r = -0.618 (p = 0.0167)
遡上群数10月下旬の平均体重r = -0.912 (p = 0.020)

2月1日から3月20日までの積算海水温が予測するのは遡上初認日であって、遡上群数ではありません。そして相関は負です。海水温が高い年ほど、遡上が早く始まります。

遡上群数と相関するのは3月の積算海水温で、しかも相関はずっと弱い (r = 0.500)。

実際の数字

項目値
遡上初認日の平均 (17年)4月8日 ± 12日
最も早かった年1999年 3月23日
最も遅かった年1984年 5月1日
遡上群数の平均 (17年)34.6 ± 23.7群
最も多かった年1982年 77群
最も少なかった年1984年 2群

遡上が始まる水温も書かれています。海から河川への遡上は海水温と河川水温がほぼ同じになった時期に始まるとされていて、その水温はおよそ10℃です。那珂川の河口付近の平均海水温は2月から3月に10℃を下回り、4月に10℃を越えます。

どれだけ当たるのか

年遡上初認日の実測予測ずれ (予測 − 実測)
20004月14日4月2日-12日
20014月11日3月30日-12日
20023月22日3月29日+7日

2週間近くずれる年があります。回帰式の決定係数は0.652です。

遡上群数のほうは、もっとずれます。2000年は実測32群に対し予測16群、2001年は実測35群に対し予測19群、2002年は実測68群に対し予測70群。2年続けて、実際の半分ほどに見積もっていました。

予測できる、と書くには弱い数字です。

秋の雨と、翌年の遡上

もう1本、石嶋久男 (2011) です。1976年から続く那珂川の遡上群観測のうち、1989年から2006年の分を観測方法の違いで補正し、流量と突き合わせています。

仔アユが流下を始めた直後の前年10月から12月までの河川総流量と、翌年の遡上群数には有意な正の相関が認められました (決定係数0.28、p < 0.05)。

いっぽう1月から3月の河川総流量には年変動がほとんどなく、遡上群数との相関は有意ではありませんでした (p > 0.05)。効くのは秋の流量だけです。

石嶋はこう書いています。那珂川では昔から「秋に雨の多い年の翌年は、アユが豊漁」と言われてきた。この調査で、その言い伝えが数字と結びついたことになります。

この2つの数字はどちらも公開されています。海水温は茨城県漁業無線局が公表しているひたちなか市沿岸の水温 (那珂川河口の北方およそ4.3キロ、水深1から2メートル)、流量は常陸大宮市野口の観測値です。

さらに、茨城県は遡上速報をシーズン中に更新しています。投網10投あたりの採捕尾数が、2週間ほどの間隔で出ます。

このシリーズで扱ったベイトの中で、いま来ているかを外部のデータで確かめられるのは、これだけです。アミもバチもイワシも、自分で見に行くしかありませんでした。

スズキ自身の遡上とは、時期がずれます

茨城県の調査では、スズキの0年魚が涸沼の網に入り始めるのは4月上旬で、このとき標準体長1センチから4センチでした (高瀬 1982)。その前の2月から3月には、全長10ミリから20ミリの仔稚魚が水深10メートル以浅の沿岸にいると整理されています (小松・山崎 2006)。

アユの遡上初確認日は平均3月8日と3月20日です。この時期のスズキの0年魚は、まだ沿岸にいる1センチから2センチの仔稚魚です。

つまり稚アユの時期に河口やサーフで釣れるスズキは、その年に生まれた稚魚ではなく、すでに大きくなった個体ということになります。同じ茨城県の報告では、1歳魚は春以降、浅海域を中心に汽水域まで餌を追って回遊するとされています。詳しくは涸沼のスズキは4か月かけて抜けるに書きました。

攻め方:記録がありません

コノシロ、落ちアユと同じ制約です。

山田 (2011) の調査地は東京湾奥の運河と湾奥で、アユは出てきません。宮原ら (1995) が播磨灘で同定した魚類14種にも入っていません。吐瀉物で裏を取ったルアーの記録が存在しません。

アユが餌として挙がっている資料は見つかりました

水産庁がまとめた主要対象生物の発育段階の生態的知見の収集・整理のスズキの項に、成魚期の餌料生物として次の名前が並んでいます。

アユ、カタクチイワシ、マアジ、マイワシ、マサバ、ヒラメ、クルマエビ、サヨリ。

先頭がアユです。落ちアユと共通の収穫で、スズキがアユを食べるという記述すら見つけられていなかった状態から、一歩進みました。

ただし、稚アユなのか落ちアユなのかは区別されていません。この資料は多数の文献をまとめたもので、個々の記載の出典も特定できません。どのルアーで食ったかという記録も、依然としてありません。

書けるのは、釣り場で共有されている整理だけです。

項目整理されている内容
ルアーの種類フローティングミノー、シンキングミノー、シンキングペンシル、バイブレーション
ルアーの大きさ7 cmから9 cm程度
狙う時間帯昼と夜
狙うポイント流れの緩い所、常夜灯周り
狙うレンジ表層から中層
動かし方昼はミディアムリトリーブ、トゥイッチ。夜はスローリトリーブ、ドリフト

これは釣り人のあいだで共有されている整理であって、調査の結果ではありません。

ただし大きさについては、上で見たとおり実測と合っています。

分かっていないこと

海と河口にいる時期の稚アユを測った数字がありません。公表されているのは河口から8キロと30キロの地点のものです。シーバスが食べる可能性がある段階のサイズが分かりません。

シーバスがアユを食べるという記述は見つかりましたが、稚アユと落ちアユの区別がついていません。水産庁の資料に餌料生物として挙がっているだけで、何尾の胃から何個体出たのかという数字はありません。落ちアユと同じ状態です。

遡上の速度は、孫引きの数字しかありません。1日あたり0.3キロから3.5キロという報告を石嶋 (2011) が引いていますが、10倍以上の幅があり、私は原典を見ていません。定点どうしの日付の差から計算することもできません。川も方法も期間も違うためです。

予測の精度は高くありません。遡上初認日で2週間近くずれた年が2回あり、遡上群数は2年続けて実際の半分ほど (32群に対し16群、35群に対し19群) に見積もっていました。県が遡上を予測していることは確かですが、その予測がよく当たるとは言えません。

遡上量の予測は、遡上する量についてのものです。河口やサーフに稚アユがどれだけいるかを直接示すものではありません。両者が比例するかどうかは確かめられていません。

放流が入っています。栃木県の報告によれば、2024年度の那珂川への放流は114.0万尾でした。遡上調査の数字が天然の個体だけを表しているのかは、報告からは読み取れませんでした。

茨城の2河川のデータです。他の川で同じ日付になるとは限りません。

続けて読むなら

稚アユの周りの記事です。

記事つながり
落ちアユ同じ魚の、秋の話です。産卵のために川を下ります
サヨリ資料の厚さが正反対です。こちらは県が12年分を公表し、サヨリは国の資料が知見不足と明記しています
アミはどこにいるのか海にいるあいだの餌がプランクトンです。春先のベイトとしても重なります
シーバスは何を食べているのか月ごとに何が主になるかの表。東京湾奥の調査なので、アユは出てきません

そして、10本すべてを1枚にまとめたベイトの見当をつけるがあります。時期・大きさ・層・攻め方の一覧です。

使ったもの・参考文献