全国239地点の潮を同じ物差しで測る:日本で一番潮が動く海はどこか
気象庁の潮位データから、全国239地点の「潮の動きやすさ」を同じ基準で計算しました。最大と最小で18倍、日本海側と太平洋側で4〜5倍。地点ごとの数値を並べ替えて比較できる表つきです。
潮見アプリを作るために、気象庁が公開している全国239地点の年間潮位データを手元に置いています。ふと「これ、全地点を同じ基準で比べたらどうなるんだろう」と思って計算してみたら、想像以上に極端な差が出ました。
結論から言うと、日本で一番潮が動く海と、一番動かない海では18倍の差があります。
何を測ったか
各地点の1年分の毎時潮位から、次の値を計算しました。
- 最大変化速度 [cm/h] — 潮位が1時間あたり何cm動くか、その年間最大値。「潮の勢い」の指標
- 平均日潮差 [cm] — その日の最高潮位と最低潮位の差の、年間平均
- 潮齢 [日] — 新月・満月から、実際に潮差が最大になるまでの遅れ
- 平均高潮間隔 [時] — 月がその地点の真南(南中)を過ぎてから、満潮になるまでの時間
計算方法は潮見アプリの解説記事に書いたものと同じです。潮齢と平均高潮間隔は、大洗で気象庁の公表値(1.3日 / 4.3時)に対して1.22日 / 4.27時と一致することを確認済みです。
結果1:日本一潮が動くのは有明海
最大変化速度のランキング上位です。
| 順位 | 地点 | 最大変化速度 |
|---|---|---|
| 1 | 大牟田 | 119.0 cm/h |
| 2 | 大浦 | 118.5 cm/h |
| 3 | 熊本 | 104.5 cm/h |
| 4 | 三角 | 97.5 cm/h |
| 5 | 今治市小島 | 95.5 cm/h |
| 6 | 長府 | 94.5 cm/h |
| 7 | 青浜 | 94.0 cm/h |
| 8 | 苅田 | 93.0 cm/h |
上位を有明海(大牟田・大浦・熊本・三角)が独占しました。有明海は干満差が日本最大として知られていますが、それが「1時間あたりどれだけ動くか」という別の指標でもそのまま出ています。大牟田の119 cm/hは、1時間で1.2m近く水位が動くということです。
5位以下には瀬戸内海の来島海峡周辺(今治市小島)と関門海峡周辺(長府・青浜・苅田)が並びます。いずれも潮流の速さで有名な海域で、直感とよく合う結果でした。
逆に最も動かないのは北海道の日本海側でした。
| 地点 | 最大変化速度 |
|---|---|
| 寿都 | 6.5 cm/h |
| 留萌 | 7.0 cm/h |
| 岩内 | 7.0 cm/h |
| 沓形 | 7.0 cm/h |
| 奥尻 | 7.0 cm/h |
大牟田の119 cm/h と寿都の6.5 cm/h で、約18倍の差です。同じ「日本の海」でも、潮の動きに関してはまったく別の環境だと分かります。
結果2:日本海側と太平洋側で4〜5倍
日本海は干満差が小さい、というのは釣り人の間でもよく言われます。それが実際どのくらいなのか、ほぼ同じ緯度の日本海側と太平洋側で比べてみました。
| 日本海側 | 太平洋側 | 倍率 |
|---|---|---|
| 深浦 7.5 cm/h | 宮古 35.0 cm/h | 4.7倍 |
| 秋田 8.0 cm/h | 釜石 34.5 cm/h | 4.3倍 |
| 金沢 8.0 cm/h | 清水港 39.5 cm/h | 4.9倍 |
| 境 8.5 cm/h | 高知 46.5 cm/h | 5.5倍 |
| 小樽 7.5 cm/h | 釧路 33.5 cm/h | 4.5倍 |
どのペアでも4〜5倍前後という、驚くほど安定した差が出ました。日本海は外洋とつながる海峡が狭く、潮汐の波が入りにくいためと考えられます。
これは釣りの組み立てにも直結します。日本海側で「潮が動く時間を待つ」戦略が太平洋側ほど機能しないのは、そもそも動く量が5分の1しかないからです。逆に言えば、日本海側では潮以外の要素(風、地形、ベイト)の比重が相対的に大きくなるはずです。
結果3:大洗は239地点中169位
当サイトのホームである大洗は 33.5 cm/h で239地点中169位、全国の中央値(42.0 cm/h)を下回っていました。
時合いを予測する記事では「大洗でも潮が動く時間帯を狙えば差が出る」と書きましたが、全国的に見れば大洗はむしろ穏やかな部類だったわけです。それでも時合いの有無は体感できるので、絶対値の大小より「その海の中での相対的な動き」が効いているのだと思います。
参考までに、主な都市の値です。
| 地点 | 最大変化速度 | 順位 |
|---|---|---|
| 名古屋 | 59.5 cm/h | 43位 |
| 那覇 | 53.0 cm/h | 60位 |
| 博多 | 50.0 cm/h | 68位 |
| 東京 | 47.0 cm/h | 79位 |
| 大阪 | 45.0 cm/h | 96位 |
| 横浜 | 44.0 cm/h | 105位 |
| 仙台新港 | 37.0 cm/h | 141位 |
| 大洗 | 33.5 cm/h | 169位 |
| 新潟西港 | 8.0 cm/h | 208位 |
結果4:月が南中してから満潮まで10時間かかる海
平均高潮間隔(月が真南に来てから満潮になるまでの時間)は、地点ごとの差がさらに劇的でした。
- 最短:西郷(隠岐) 1.84時間
- 最長:今治市小島 10.39時間
- 全国の中央値:5.89時間
月の引力が海面を持ち上げるなら、月が真上に来た瞬間が満潮になりそうなものです。しかし実際には海に地形があり、水が押し寄せるのに時間がかかります。瀬戸内海の奥まった場所では、その遅れが10時間以上に達していました。潮汐の波が瀬戸内海の狭い水路を伝わって奥まで届くのに、それだけの時間を要しているということです。
大洗は4.27時間で、全国の中では短めでした。
結果5:潮差が大きくても、ゆっくり動く海がある
「潮差が大きい海ほど、速く動く」——これは当然のようですが、実際に相関を取ると相関係数0.992と、ほぼ完全な直線関係でした。
ただし、この直線から外れる地点があります。回帰直線からのズレが大きい地点を見ると、面白い偏りが出ました。
潮差のわりにゆっくり動く
| 地点 | 平均潮差 | 最大変化速度 |
|---|---|---|
| 新居浜 | 286.2 cm | 82.5 cm/h |
| 今治 | 262.3 cm | 76.5 cm/h |
| 伊予三島 | 299.3 cm | 89.0 cm/h |
潮差のわりに速く動く
| 地点 | 平均潮差 | 最大変化速度 |
|---|---|---|
| 門司 | 162.9 cm | 63.0 cm/h |
| 佐世保 | 206.2 cm | 77.0 cm/h |
| 尼崎 | 110.1 cm | 45.0 cm/h |
ゆっくり動く側に瀬戸内海の燧灘周辺が集中しています。潮位のグラフを見ると、これらの地点では満潮・干潮の前後が平らに伸びる形になっており、同じ潮差でも時間をかけて動いていることが分かります。逆に門司や佐世保のような海峡部では、短時間で一気に動きます。
釣りの観点では、この違いは「時合いの長さ」に効いてくるはずです。ゆっくり動く海では潮が動く時間帯が長く続き、速く動く海では短時間に集中する、という違いが出ると考えられます。
全239地点のデータ
以下の表は、列見出しをクリックすると並べ替えできます。地名で絞り込むこともできます。
| 地点 | 最大変化速度 cm/h | 平均日潮差 cm | 最大日潮差 cm | 潮齢 日 | 平均高潮間隔 時 |
|---|
なぜこんなに差が出るのか
ここまでの結果を見て、「そもそもなぜ潮が満ち引きするのか」「なぜ場所でこんなに違うのか」が気になったので、調べたことを整理しておきます。参考にした資料は各項目にリンクしてあります。
そもそも潮汐はなぜ起こるのか
潮の満ち引きは、月と太陽が海水を引っぱることで起きます。ただし「月が引っぱるから、月の側の海面が持ち上がる」という説明だけでは、なぜ1日に2回満潮が来るのかが説明できません。月の反対側でも海面は持ち上がっているからです。
鍵になるのは、**引力そのものではなく「引力の差」**です。気象庁の解説によれば、潮汐の主な原因は、月が地球に及ぼす引力と、地球が月との共通重心のまわりを公転することで生じる慣性力を合わせた「起潮力」で、これが地球を引き伸ばすように働くために潮位の高いところと低いところができます。地球は1日に1回自転するので、多くの場所では1日に2回の満潮と干潮を迎えることになります。
出典: 気象庁「潮汐・海面水位の知識 潮汐の仕組み」
面白いのは太陽との比較です。日本水路協会の解説では、引力が距離の2乗に反比例するのに対し、起潮力は距離の3乗に反比例すると説明されています。そのため、地表で太陽が及ぼす引力は月の約200倍もあるのに、起潮力は月の約半分にとどまります。潮汐において月が主役なのは、近いからです。
出典: 日本水路協会 海洋情報研究センター「潮汐のしくみ」
なお、この現象の説明には長く「遠心力」という言葉が使われてきましたが、厳密には正確でない表現でした。気象庁は上記ページで、従来「遠心力」と表記していたものを、正確な表現とするため「慣性力」に改めた旨の注記を添えています。教科書的な説明も更新されることがある、という良い例だと思います。
なぜ地域によってこんなに違うのか
ここまでの説明だけなら、海面の膨らみは地球全体で同じように起こるはずで、有明海と日本海で18倍も違う理由になりません。
理由は、この説明が理想化されたモデル(平衡潮汐論)にすぎないからです。海上保安庁の解説では、平衡潮汐論が「地球が一様な海水に覆われ、大陸や島が存在せず、海底と海水の摩擦がゼロ」という前提に立っていることが明記されています。実際には水深は不均一で、大陸や島が海水の移動を妨げ、海水には慣性も摩擦もあるため、潮汐力に海水がすぐには追従できません。
出典: 海上保安庁 第八管区海上保安本部「潮汐(潮の満ち引き)がなぜ起こるの?」
そのうえで、地域差を生む最大の要因が共振です。海域にはその形と深さで決まる「揺れやすい周期」(固有振動周期)があり、これが潮汐の周期(約12時間)に近いと振幅が大きく増幅されます。浴槽の水を揺らすとき、ちょうどよいリズムで手を動かすと波がどんどん大きくなるのと同じ理屈です。
環境省の有明海・八代海に関する検討資料でも、湾のような内海の潮汐は、湾内で直接生じる引力の差ではなく、外洋から押し寄せる潮汐の波に対する内湾側の応答として理解されるべきものと説明されています。つまり内湾の潮の大きさは、その湾がどう「揺れやすい」かで決まるわけです。
出典: 環境省 有明海・八代海総合調査評価委員会「潮流・潮汐WGの検討結果」(PDF)
日本一の干満差を持つ有明海は、まさにこの共振が効いている海です。有明海は面積約1,700km²、平均水深わずか20mという遠浅の内海で、湾口が狭く奥行きが深い形をしています。この形状で決まる固有振動周期が潮汐の周期と近いために湾内で共振が起こり、湾口から湾奥へ進むにつれて潮差が大きくなっていきます。実際、大潮の潮差の年平均は湾口部で3m台なのに対し、湾奥では5m近くに達します。
出典: 特定非営利活動法人 有明海再生機構「有明海ってどんな海?」
今回のランキングで有明海の地点(大牟田・大浦・熊本・三角)が上位を独占したのは、この共振の結果というわけです。
逆に日本海が穏やかなのは、海域の固有振動周期が潮汐の周期と合っていないことに加えて、外洋とつながる海峡が狭いことによると考えられています。日本海は対馬・関門・津軽・宗谷といった狭く浅い海峡でしか外海とつながっておらず、潮汐の波そのものが入りにくい構造になっています。先ほど見た「日本海側と太平洋側で4〜5倍」という差の正体はこれです。
潮齢と高潮間隔が生まれる理由
理想的なモデルでは、月が真南に来た瞬間に満潮になるはずです。しかし前掲の海上保安庁の解説にあるとおり、水深が不均一で、大陸や島が海水の移動を妨げ、海水自身に慣性や摩擦があるため、潮汐力にすぐには追従できません。実際には、月がその地点の子午線を通過してから一定時間が経って満潮・干潮を迎えます。この「遅れ」が、地点ごとの平均高潮間隔として現れます。
瀬戸内海の奥で10時間を超えていたのは、外海から入った潮汐の波が狭い水路を伝わって奥まで届くのに時間がかかるためです。有明海でも、潮の波が湾口から湾奥へ高さを増しながら進んでいくことが知られています。
同じことが月の満ち欠けのスケールで起きるのが潮齢です。新月・満月の日に起潮力が最大になっても、海がそれに応じきるまでには時間がかかり、実際の潮差のピークは1〜2日遅れてやってきます。今回の計算では全国の中央値が1.18日でした。「大潮初日より2日目、3日目のほうが動く」という経験則は、この遅れを体感していたことになります。
この分析の限界
いくつか、鵜呑みにしないでほしい点があります。
潮位の変化速度と、実際の流速は別物です。 狭い水路では、潮位があまり動かなくても激流になることがあります。今回の数字は「水位が上下する速さ」であって、「潮が速く流れるか」とは違います。
潮差の定義が気象庁とは異なります。 ここで使った「日潮差」は、その日の最高潮位と最低潮位の差という当サイト独自の集計です。気象庁が公表している「大潮差」は潮汐を成分に分解した理論値から定義されるもので、数字は一致しません。
潮位表は推算値です。 実際の潮位は気圧や風の影響で上下します。
潮齢の値が不安定な地点があります。 潮差の小さい地点や、瀬戸内海のように潮汐の形が複雑な地点では、日々の潮差からピークを検出する方法自体が不安定になります。江井(2.56日)や三蟠(0.28日)のような極端な値は、この影響を受けている可能性があります。
使ったもの・参考文献
データと計算
- データ: 気象庁 潮位表(2026年の推算値)
- 計算スクリプト: tide_stats.py(全地点の統計を一括計算します)
- 地点ごとのグラフや時合いの計算は潮見アプリで
潮汐の仕組みについて参考にした資料
- 気象庁「潮汐・海面水位の知識 潮汐の仕組み」— 起潮力の定義、大潮・小潮の成り立ち
- 日本水路協会 海洋情報研究センター「潮汐のしくみ」— 起潮力が距離の3乗に反比例すること、月と太陽の比較
- 海上保安庁 第八管区海上保安本部「潮汐(潮の満ち引き)がなぜ起こるの?」— 平衡潮汐論の前提と、実際の海との違い
- 環境省 有明海・八代海総合調査評価委員会「潮流・潮汐WGの検討結果」(PDF)— 内湾の潮汐が外洋からの潮汐波への応答であること
- 特定非営利活動法人 有明海再生機構「有明海ってどんな海?」— 有明海の地形と干満差
自分のホームがどのあたりに位置するのか、上の表で確かめてみてください。「思ったより動く海だった」「隣の県はこんなに違うのか」といった発見があると思います。