シンキングペンシルはなぜ浮き上がるのか:レンジを決めているのはルアーだけではありません

沈むと書いてあるルアーが、引くと浮き上がって表層しか通せない。原因はラインです。PE1.2号を水中に10メートル出すと、110ミリのシンペンの側面と同じ面積が水に当たります。リップ付きシンペンが何をしているのかも、曳航体の工学に答えがありました。

この記事の見出し

シンキングペンシルには、こう言われる特徴があります。

低層を引けるものは珍しく、引くと浮き上がって表層から中層あたりを通ることが多い。

沈むと書いてあるのに、引くと浮く。名前と挙動が合っていません。

公開されている値と、私が置いた仮定から計算した記事です。

まず、答えを先に書きます

浮かせているのは、ラインです。

ルアーが軽いからでも、形が悪いからでもありません。細く見えるラインが、水中で受けている抵抗が、想像よりずっと大きいためです。

水に当たっている面積を比べます

細い糸だから、水の抵抗など無視できる。そう思いがちです。面積を出すと、そうではありません。

ラインが水に晒している面積は、直径 × 水中に出ている長さです。

ライン水中5メートル水中10メートル水中20メートル
PE 0.8号(径0.128 mm)640 mm²1,280 mm²2,560 mm²
PE 1.2号(径0.165 mm)825 mm²1,650 mm²3,300 mm²
PE 2号(径0.205 mm)1,025 mm²2,050 mm²4,100 mm²
ナイロン 12ポンド(径0.33 mm)1,650 mm²3,300 mm²6,600 mm²

比べる相手を置きます。全長110ミリ、太さ15ミリのシンキングペンシルです。

ルアーの向き水に当たる面積
横を向いたとき(側面)1,650 mm²
頭から進むとき(前面)177 mm²

PE1.2号を水中に10メートル出すと、それだけでルアーの側面と同じ面積になります。

2つの面積を、使い分けます。

引いているとき、ルアーは頭から進んでいます。このとき水を押しのけているのは前面の177平方ミリで、ラインの10分の1しかありません。引く方向に対しては、ルアー本体よりラインのほうがずっと大きな抵抗を受けています。

沈むときは、姿勢が変わります。シンキングペンシルは頭から真下に落ちるのではなく、横倒しに近い姿勢で沈みます。このとき水を受けているのは側面の1,650平方ミリのほうです。

沈む速さが遅いのは、この姿勢のせいです。前面だけで落ちればもっと速く沈みますが、実際には広い面を下に向けて落ちています。

次の計算では、沈む力を側面から、持ち上げる力をラインから出します。

沈む力と、持ち上げる力

面積だけでは決まりません。速さが効きます。

水の抵抗は速さの2乗に比例します。そして、ルアーとラインでは速さが違います。

力の向き何の速さかだいたいの値
ルアーを沈める側沈む速さ(自由落下したときの終端速度)秒速0.4メートル
ルアーを持ち上げる側引く速さ(リトリーブ速度)秒速0.6メートル

沈む力も、持ち上げる力も、同じ形の式で書けます。

力 = 0.5 × 水の密度 × 抵抗係数 × 面積 × 速さ²

2つの比を取ると、水の密度が消えます。抵抗係数も、ラインの断面(円柱)と、横倒しのルアー(これも円柱に近い形)で同じくらいと置けば、これも消えます。

持ち上げる力 ÷ 沈める力 = (ラインの径 × 水中の長さ × 引く速さ²) ÷ (ルアーの面積 × 沈む速さ²)

残るのは、この4つだけです。

数字を入れます

PE1.2号、水中10メートル、秒速0.6メートルで引く。ルアーは側面1,650平方ミリ、沈む速さ秒速0.4メートル。

比は 2.25 になりました。

ラインが持ち上げる力のほうが、ルアーが沈む力の2倍以上あります。

これが「シンキングなのに浮く」の中身です。沈む力はゼロではありません。負けているだけです。

何を変えると、どう動くか

上の式は、変えられるものが4つしかありません。1つずつ動かします。

変えるもの値比
引く速さ秒速0.3 m0.56
秒速0.6 m2.25
秒速1.0 m6.25
水中のライン長5 m1.12
10 m2.25
20 m4.50
ラインの径PE0.8号(0.128 mm)1.75
PE1.2号(0.165 mm)2.25
ナイロン12ポンド(0.33 mm)4.50
ルアーの沈む速さ秒速0.2 m9.00
秒速0.4 m2.25
秒速0.8 m0.56

いちばん強く効くのは、引く速さと、ルアーの沈む速さです。どちらも2乗で入っているためです。

引く速さを半分にすると、比は4分の1になります。秒速0.6メートルで2.25だったものが、秒速0.3メートルで0.56。1を下回るので、沈む側が勝ちます。

そして、ライン長も径も、1乗で効きます。遠投すれば水中のラインが伸び、太いラインを使えば面積が増える。どちらも浮く方向です。

釣り人が経験で言うことと、向きが合っています。ゆっくり巻けば入る。近くに寄ったほうが入る。細いラインのほうが入る。式のどこに入っているかが分かると、なぜかが決まります。

この問題は、別の分野で解かれていました

シンキングペンシルの実験研究は、見つかりません。リップの大きさの影響とルアーを比べる物差しで書いたとおり、リップのないルアーは回流水槽で定常状態にならず、計測できないためだと、私は考えています。

ただし、同じ問題を扱っている分野がありました。曳航体の工学です。

船から機器をケーブルで曳いて、決まった深さを通す。ソナー、地震探査の記録装置、水質の観測機器。どれも「引くと浮き上がる」という同じ問題を抱えています。

速度を上げると浅くなることが、実測されています

Vinod, Francis, Prabhasuthan and Nandagopan (2016)は、インド海軍の研究所が曳航式ソナーの深度を測った報告です。実際に船で曳いて、深度センサーで測っています。

論文は冒頭でこう書いています。曳航系の各部にかかる過大な抗力のせいで、必要なケーブル長が実用にならないほど長くなる。とくに速度が上がるとそうなる。

そして、実測値が図で示されています。ケーブルを130メートル出したときの深度です。

船の速さ深度(潜行板なし)
8ノット約32 m
10ノット約21 m
12ノット約15 m

8ノットから12ノットへ、速さを1.5倍にしただけで、深度が半分以下になりました。

ケーブルを250メートル出した場合も同じです。8ノットで約63メートル、12ノットで約32メートル。やはり半分近くまで浅くなります。

「速く引くと浮く」は、釣り人の感覚ではなく、測られた事実でした。

ケーブルは重い側です。この論文のケーブルは直径31ミリ、水中での重さが1メートルあたり2.60キログラム。それだけ重くても、速度を上げると浮きます。釣りのラインは、これよりはるかに軽い側にいます。

ドイツの研究グループのDeschner ら (2023)は、先行研究をまとめて、到達できる最大深度とケーブルの張力が、抗力と重力、ケーブルの長さと直径、船の速度に強く依存するとしています。ケーブルが細いほど張力が下がる、とも書いています。そして自分たちの計算でも、軽くて細いケーブルほど深くまで届くという、同じ関係が出ています。

この記事の前半で出した4つの量と、同じ顔ぶれです。径、長さ、速度、重さ。釣りのラインと、船の曳航ケーブルは、同じ式の上にいます。

リップ付きシンキングペンシルは何をしているのか

では、リップを付けると何が変わるのか。

同じ論文が、そのままの答えです。ケーブルの抗力に負けて浮いてしまう問題への対策として使われるのが、潜行板です。英語では depressor といいます。

釣り具にも同じものがあります。1991年のアメリカ特許が towline depressor という装置を説明していて、深いトローリングでルアーや餌を決まった深さに保つために使うものだとしています。そしてここでいう「揚力」は実際には「沈む力」を指す。つまり負の揚力で、曳かれる物体を水面より下に留まらせるものという断り書きが入っています。翼を上下逆に付けているということです。

この論文がやったのは、曳航体に付いていた平板の安定フィンを、翼型の潜行板に置き換えることでした。断面はNACA0012、翼幅900ミリ、翼弦300ミリ、迎角は9度に固定です。失速角が約12度なので、手前で止めてあります。

潜行板が出す力は、本体より大きい

数字が出ています。12ノットで、この潜行板が出す下向きの力は6,500ニュートン。

曳航体そのものの水中重量は400キログラム、力にすると約3,900ニュートンです。

つまり、潜行板が出す力は、本体の重さの1.7倍あります。重りを増やすのではなく、翼で押し下げるほうが強い、ということです。

抗力はほとんど増えません。揚抗力比は約75で、6,500ニュートンの揚力に対して抗力は87ニュートン。論文は、抗力の影響は無視できるとして計算から外しています。

速度を上げたときの効き方が、逆になります

ここが「一定レンジ」の正体です。

同じ論文が、潜行板を付けたときの深度の増加率を出しています。

ケーブル引き出し長8ノットでの深度の増加12ノットでの深度の増加
130 m12%60%
250 m6.5%42%

速いときほど、効き目が大きくなっています。

論文は理由を明記しています。高速で深度の増加率が大きいのは、潜行板が生む揚力が速度の2乗で変わるため。

これが、リップの付いたルアーで起きていることです。

ルアー引く速さを2倍にしたとき
リップなし浮かせる力が4倍。沈める力は変わらない
リップあり浮かせる力が4倍。潜る力も4倍

両方が同じ倍率で増えるので、釣り合う深さがあまり動きません。

「一定レンジを引ける」という売り文句は、この構造から出ています。速度でレンジが変わらない、ということです。

ただし、代償があります。論文は、潜行板を付けるとウインチにかかるケーブル張力が増えると報告しています。下向きの力が増えたぶん、系全体にかかる力も増えるためです。

リップ付きのルアーが、リップなしより巻き重りするのと同じ話です。

リップ付きミノーの研究とも、繋がります

この構造は、リップ付きミノーの実験で報告されていることと重なります。

ラインアイの位置を Ct = 0.25 付近にすると巻き速度で深度が大きく変わり、Ct = 0.1 付近にすると速度を変えても深度があまり変わらない。リップの付いたルアーでは、レンジを速度で操作するか、速度によらず保つかを、設計で選べます。

分かっていないこと

実測していません。水槽でも現場でも測っていません。この記事の計算は、公開されている値と、私が置いた仮定から出したものです。

仮定を並べます。

  1. ルアーの寸法と沈む速さは、私が置いた値です。全長110ミリ、太さ15ミリ、沈む速さ秒速0.4メートル。特定の製品の値ではありません。沈む速さを公表しているメーカーもあるので、使っているルアーの値に置き換えて計算し直せます。

  2. 水中のライン長を10メートルとしました。実際には、ラインは水面の上と下にまたがっていて、どこまでが水中かは、ロッドの高さ、立ち位置、キャスト距離、ラインの浮き沈みで変わります。この10メートルという値には根拠がありません。

  3. 抵抗係数を約分しました。ラインの断面(円柱)と、横倒しのルアーの抵抗係数が同じくらいだと置いています。実際には形が違うので、同じではありません。

  4. ラインが水の流れに対して斜めであることを、計算に入れていません。斜めなら、当たる速さは引く速さより小さくなります。上の比は、その分だけ大きめに出ています。

  5. だから、この計算から深さは出せません。出せるのはどちらが勝っているかの見当と、何を変えるとどちらに動くかまでです。「秒速0.6メートルで引くと何メートル」という数字は、この記事では出せません。

  6. ラインの形を解いていません。曳航体の工学では、ケーブルの形は懸垂線に近い曲線になり、微分方程式で解きます。この記事は、ラインを直線と置いた粗い比較です。

シンキングペンシルの水槽実験は、見つかりませんでした。リップ付きシンキングペンシルについても同じです。メーカーが公表している潜行深度は、測り方が書かれていないことがほとんどでした。

曳航体の論文の対象は、船で曳く機器です。ケーブルは直径31ミリ、水中重量1メートルあたり2.60キログラム。釣りのラインとは、太さも重さも桁が違います。速度も8から12ノット(秒速4から6メートル)で、リトリーブ速度の10倍ほどです。向きが同じだからといって、数値をそのまま持ち込めるわけではありません。

深度の絶対値は、論文の図から読み取った概数です。本文に数値として書かれているのは、潜行板による増加率(12%、60%、6.5%、42%)のほうです。

もう1本の曳航ケーブルの論文 (Deschner ら) は全文を読みましたが、ラグランジュ力学による式の導出は追っていません。扱っているのは観測用の機器を並べたケーブルで、これも釣りのラインとは条件が違います。

リップ付きシンペンが本当に一定レンジを保つのかを、測ったデータは持っていません。上に書いたのは、リップが速度の2乗で潜る力を出すという構造から言えることまでです。

「シンペンは浮き上がる」という前提そのものを、私は数えていません。釣り人がそう言っている、という以上のことは確かめていません。

続けて読むなら

記事つながり
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何投でルアーを替え、何投で場所を見切るか替えるのは波動とレンジ、と書きましたが、この2つは独立ではありませんでした
ルアーが飛ぶ距離を式で書く遠投すると水中のラインが伸びます。飛距離とレンジは、この記事では逆を向いています

使ったもの・参考文献

  • Vinod, Francis, Prabhasuthan and Nandagopan (2016) Depth Enhancement of an Underwater Towed System using Hydrodynamic Depressor. Defence Science Journal 66(5), 546-551— 全文を読みました。インド海軍の研究所による報告。曳航系の抗力で必要なケーブル長が実用にならないほど長くなり、とくに速度が上がるとそうなること。平板の安定フィンをNACA0012・翼幅900ミリ・翼弦300ミリ・迎角9度固定の潜行板に置き換えたこと(失速角が約12度なので手前で止めている)。12ノットで揚力6,500ニュートン、揚抗力比は約75で抗力87ニュートン、抗力は無視して計算していること。曳航体の水中重量が400キログラムであること。曳航水槽(2から6ノット)で数値解析を検証し最大偏差6%、海上試験でも一致したこと。潜行板による深度の増加が、ケーブル130メートルで8ノット12%・12ノット60%、250メートルで8ノット6.5%・12ノット42%。高速で増加率が大きいのは潜行板の揚力が速度の2乗で変わるためだと明記されていること。潜行板を付けるとウインチにかかるケーブル張力が増えること。ケーブルは直径31ミリ、水中重量1メートルあたり2.60キログラム。深度の絶対値(130メートル引き出しで8ノット約32メートル、12ノット約15メートルなど)は図から読み取った概数です
  • Deschner, Kock, Schelwat and Baschek (2023)「Submerged marine towed instrument array: A theoretical investigation using Lagrange mechanics」Ocean Engineering 267, 113201— 全文を読みました。到達できる最大深度と張力が抗力・重力・ケーブルの長さと直径・速度に強く依存するという先行研究の整理、ケーブルが細いほど張力が下がること、軽く細いケーブルほど深く届くという著者ら自身の計算結果。ケーブルの形は懸垂線に似ていますが、著者らは追跡曲線(トラクトリックスに近い形)の仲間だとしています
  • US5000110A Towline depressor(米国特許、1991年)— 明細書の冒頭のみ。towline depressor が深いトローリングでルアーや餌を決まった深さに保つために使われること、ここでいう「揚力」が実際には「沈む力」であり、負の揚力で曳かれる物体を水面より下に留まらせるものだと明記されていること
  • 面積と力の比の計算は、すべて私が行ったものです。ラインの径はPEとナイロンの一般的な公称値、ルアーの寸法と沈む速さは私が置いた値で、特定の製品のものではありません