サイレントアサシンを人工衛星にする方法
大洗の岸から投げたルアーを軌道に乗せるには、どう投げればいいのか。円軌道、24時間後に自分へ戻ってくる軌道、地球脱出、太陽系脱出。4つの解答例と、その計算です。
人工衛星サイレントアサシンの解答例です。自分で探したい方は、先にあちらを触ってください。
前にルアーが飛ぶ距離を式で書くという記事で、26gのルアーが75mほど飛ぶ話を書きました。この記事はその延長線上にあります。ただし距離の桁が変わります。
まず、どれくらい足りないのか
シーバスのキャストの初速は、実測に合わせた計算では毎秒30メートルでした。時速に直すと108kmです。
地球を回る軌道に乗るには、毎秒7,910メートルが必要です。
264倍。 これが出発点です。
解答1: 円軌道に乗せる
東へ、投射角0度、初速 7,535 m/s
軌道に乗るために必要なのは、高く上げることではなく横に速く進むことです。
投げたルアーは必ず落ちます。これは変わりません。ただし横へ進む速さが十分にあると、落ちていく先の地面が下へ逃げていきます。地球が丸いからです。落ち続けているのに地面に届かない。これが軌道です。
だから投射角は0度、つまり水平に投げます。上向きの成分は無駄になります。
シミュレーターで試すと、7,530 m/s あたりから軌道に乗ります。理論値は7,535 m/sなので、よく合っています。
なぜ理論値より小さいのか
第一宇宙速度は7,910 m/sです。7,535では足りないように見えます。
地球が回っているからです。
大洗は北緯36.3度にあり、地球の自転で毎秒374メートル、東へ動いています。東に向かって投げれば、この速度がそのまま上乗せされます。
7,910 − 374 = 7,536 m/s
逆に西へ投げると、自転に逆らうことになります。
| 投げる方角 | 必要な初速 |
|---|---|
| 東 | 7,535 m/s |
| 西 | 8,284 m/s |
| 差 | 749 m/s |
同じ軌道に乗せるのに、方角だけで749 m/sも違います。 ロケットの打ち上げが東向きに行われるのは、この差を使うためです。
境目は1 m/sで切り替わります
投射角0度で試すと、あることに気づきます。あと少しで軌道に乗りそうなのに、乗らないという状態が長く続きません。境目が極端に鋭いのです。
射程を並べるとこうなります。
| 初速 | 近地点の高度 | 射程 |
|---|---|---|
| 7,000 m/s | −1,474 km | 206 km |
| 7,300 m/s | −706 km | 320 km |
| 7,500 m/s | −113 km | 841 km |
| 7,530 m/s | −17 km | 2,162 km |
| 7,535 m/s | −1 km | 8,145 km |
| 7,536 m/s | +1,817 m | 軌道に乗る |
7,535から7,536へ、1 m/s増やしただけで、8,145kmから無限大に変わります。
理由は投射角0度にあります。水平に投げると、発射した場所が軌道のいちばん高いところになります。 上向きの成分がないので、そこから先は下がる一方です。
軌道の反対側が地面より上にあれば、一周して戻ってきます。地面より下なら、途中で地面にぶつかります。この2つを分けているのは、反対側の高さが正か負かという一点だけです。だから境目が鋭くなります。
近地点の高度が−1kmから+1.8kmへ移るのに、初速の差はたった1 m/sです。地球の大きさに対して、この数キロは無視できるほど小さい。ほんのわずかな速度差が、地球半径ぶんの差になって現れるということです。
低く投げるのが有利とは限りません
もう一つ、投射角0度の性質があります。軌道に乗る手前では、むしろ飛ばないのです。
初速7,000 m/sで比べてみます。
| 投射角 | 射程 |
|---|---|
| 0° | 206 km |
| 45° | 8,030 km |
40倍の差です。水平に投げると、発射点が最高点なので、地面に届くまでの高さの余裕がありません。すぐ落ちます。
投射角0度が有利になるのは、軌道に乗せられるだけの速度が出せる場合だけです。それに届かないなら、45度前後のほうがはるかに飛びます。
このシミュレーターで遊ぶときは、まず角度を上げて距離を稼ぎ、速度が7,500 m/sを超えたあたりで角度を0度に寝かせる、という順に試すと分かりやすいと思います。
解答2: 24時間後に自分へ当てる
東へ、投射角0度、初速 10,381 m/s
軌道に乗ったルアーは、1周すると出発点に戻ってきます。ただし、そのあいだに地球も回っています。だから普通は、戻ってきたときに大洗はそこにありません。
では、周期を地球の自転と同じにしたらどうなるか。
ルアーが1周する時間と、地球が1回転する時間が同じなら、両方が同時に元の位置へ戻ります。投げた場所に、投げた自分がいます。
必要な軌道長半径は、周期から逆算できます。
T = 2π √(a³ / μ)
T を1恒星日(23時間56分4秒)、μ を地球の重力定数として a を解くと、42,164 km。近地点を地表に置いた楕円軌道の速度は、
v = √( μ (2/R − 1/a) ) = 10,755 m/s
自転の374 m/sを引いて、10,381 m/s。
シミュレーターで試すと、遠地点71,569 km、周期23.93時間の軌道になります。1日後、投げた場所に戻ってきます。
遠地点は地球半径の11倍以上、月までの距離の5分の1ほどまで上がります。そこから落ちてきて、大洗にいる自分に当たります。
解答3: 地球から出ていく
東へ、投射角0度、初速 10,812 m/s
軌道に乗せるのではなく、二度と戻ってこないようにします。
地球の重力を振り切る速度は、次の式で決まります。
v = √(2μ/R) = 11,186 m/s
第一宇宙速度の√2倍です。自転の分を引いて、10,812 m/s。円軌道に必要な速度の1.43倍にすぎません。
軌道に乗せられるなら、地球から出ていくのはもう少しです。
解答4: 太陽系から出ていく
地球の進む方向へ、投射角0度、初速 16,279 m/s
地球を出ても、まだ太陽の重力の中にいます。ここから出るには、もう一段必要です。
計算は2段階です。
まず、地球の公転軌道の位置(太陽から1天文単位)で太陽の重力を振り切る速度を求めます。
太陽の周りを回る速度 √(μ_sun/AU) = 29.78 km/s
太陽から脱出する速度 √(2μ_sun/AU) = 42.12 km/s
足りない分 12.34 km/s
地球はすでに毎秒29.78kmで動いています。 この速度は無料でもらえます。だから足りないのは12.34 km/sだけです。
ただし、地球の重力も同時に振り切る必要があります。無限遠で12.34 km/s残すためには、地表で次の速度が要ります。
v = √( 11.186² + 12.34² ) = 16.65 km/s
自転の分を引いて、16,279 m/s。
この解答には条件があります
投げる方角が、地球の進む方向と合っていなければなりません。
地球の公転速度をもらうには、その向きに投げる必要があります。地球は1日で1回転するので、大洗から見て「地球の進行方向」がどちらかは、時刻によって変わります。1日のうち、条件が合う時間帯は限られます。
日の出のころ、東の空へ投げるのが近くなります。ただしこのシミュレーターは地球の重力しか計算していないので、そこまでは判定していません。16,279 m/s出せば地球からは確実に出ていきます。 そのあと太陽系まで出られるかは、投げた時刻次第です。
まとめ
| やりたいこと | 方角 | 投射角 | 初速 |
|---|---|---|---|
| 円軌道に乗せる | 東 | 0° | 7,535 m/s |
| 24時間後に自分へ当てる | 東 | 0° | 10,381 m/s |
| 地球から出ていく | 東 | 0° | 10,812 m/s |
| 太陽系から出ていく | 東(時刻による) | 0° | 16,279 m/s |
すべて投射角0度です。 ここがこの遊びの肝だと思います。
投射角45度で試すと、7,900 m/sまで上げても地球一周(40,030 km)に届かず、9,762 kmで落ちます。上に向けたぶんのエネルギーが、横へ進むことに使われないからです。速度を上げるより先に、角度を寝かせる必要があります。
なぜシェルブーストが必要なのか
シミュレーターでは空気抵抗を計算していません。理由は単純で、入れると何をしても軌道に乗らないからです。
26gのルアーを真上に撃ち出したとき、空気抵抗を入れるとどこまで上がるかを計算しました。
| 初速 | 最高高度 |
|---|---|
| 1,000 m/s | 0.8 km |
| 7,910 m/s | 1.4 km |
| 11,186 m/s | 1.5 km |
| 20,000 m/s | 1.7 km |
| 50,000 m/s | 2.0 km |
初速を50倍にしても、高度は2.4倍にしかなりません。
抵抗は速度の2乗に比例するので、速く投げるほど激しく減速します。26gという軽さでは、地表付近の濃い空気を1〜2km進むあいだに、持っていた運動エネルギーをほぼ使い切ります。何メートル毎秒で投げても、結果は変わりません。
そこでシミュレーターでは、サイレントアサシンにシェルブーストが搭載されているものとしています。ボディ表面に展開される保護殻が空気抵抗をゼロにし、断熱圧縮による高温にも耐える、という設定です。
残念ながら現時点でシェルブーストは存在していません。 実際のルアーを高速で投げれば、空気抵抗で減速するか、そこまでの速度が出る前にラインが切れます。
この高度はどう計算したのか
上の表を出すために、空気抵抗を入れた計算を別に行いました。 シミュレーター本体は空気抵抗を無視していますが、「無視しないとどうなるか」を示さなければ、シェルブーストが必要な理由が伝わらないからです。この表だけが、空気抵抗ありの計算です。
使った式はこれです。
抵抗 = ½ × 空気の密度 × Cd × 面積 × 速度²
Cd を抗力係数といいます。同じ大きさ・同じ速さでも、形によって受ける抵抗が違うことを表す数字です。とがった流線形なら小さく、平らな板を正面から当てると大きくなります。単位のない、比べるための数です。ここでは0.5で一定としました。ルアーが頭から進むときの値です。
空気の密度は、高度が8,500m上がるごとに約3分の1になるとしました。
条件は単純です。実際には、音速を超えると抗力係数は変わりますし、断熱圧縮で空気が高温になれば性質そのものも変わります。ただ、桁で見れば結論は変わりません。初速を50倍にして高度が2.4倍にしかならないという結果が、条件を多少変えたくらいでひっくり返ることはありません。
抗力係数と空気抵抗そのものについては、ルアーが飛ぶ距離を式で書くで詳しく扱っています。
どうやって解いているか
軌道の計算は、紙の上では解けます。2体問題には楕円という答えがあるからです。ただしこのシミュレーターでは、あえて数値的に解いています。着弾点や周期を、軌道要素からの変換なしにそのまま追えるためです。
そこで問題になるのが、計算のやり方でした。
素朴な方法だと、軌道が落ちてきます
いちばん単純なのは、いまの位置から重力を計算して、速度と位置を順に更新していくやり方です。オイラー法といいます。
加速度 = 重力(いまの位置)
速度 ← 速度 + 加速度 × Δt
位置 ← 位置 + 速度 × Δt
これで円軌道を計算すると、軌道が上下に振れます。円軌道は速度と位置の釣り合いで成り立っているのに、両方を同じ時刻の値で更新すると、その釣り合いがわずかに崩れるためです。
実際に測ってみました。高度0mの円軌道を、時間刻み0.2秒で回した場合です。
| 方法 | 高度の振れ幅 |
|---|---|
| オイラー法 | −791 m 〜 +791 m |
| シンプレクティック法 | 0.00 m 〜 0.20 m |
本来まん丸になる軌道が、オイラー法では800m近く上下します。 地表すれすれの軌道を計算すると、下に振れたところで「地面に当たった」と判定されてしまう。作っているときに、これに引っかかりました。速度をどう変えても軌道に乗らない、という状態になります。
速度を半歩ずらす
解決したのは、更新の順序を変えることでした。
速度 ← 速度 + 加速度(いまの位置) × Δt/2 半歩だけ進める
位置 ← 位置 + 速度 × Δt その速度で位置を動かす
速度 ← 速度 + 加速度(新しい位置) × Δt/2 残りの半歩
位置を動かすときに、区間の真ん中にあたる速度を使います。これで沈まなくなりました。
このやり方はシンプレクティック法と呼ばれています。上の形は、そのうち最も単純なものです。速度の更新を半分に割って前後に置くことから、速度ベルレ法とも呼ばれます。
何が違うのか
シンプレクティック法には、エネルギーが一方向にずれ続けないという性質があります。
普通の数値計算では、誤差が積み重なると結果が一方向へ流れていきます。長く回すほど軌道が広がる、あるいは縮んでいく。シンプレクティック法では、エネルギーが真の値のまわりで振動するだけで、離れていきません。
上の表の振れ幅は、1.5周でも20周でも変わりませんでした。回した回数によらず、ずれが一定の幅に収まります。惑星の運動や分子動力学の計算で使われるのは、この性質のためです。
もっとも、オイラー法の791mという振れ幅も、20周まで一定でした。刻みが十分小さいので、こちらも発散はしていません。問題は誤差が増えることではなく、1周のうちに800m近く振れることでした。地表すれすれを狙うこの遊びでは、それが致命的になります。
なお、このシミュレーターでは高度に応じて時間刻みを変えています。地表近くでは0.2秒、離れると5秒、さらに遠くでは60秒です。厳密にはシンプレクティック法の利点は刻みを変えると弱まりますが、遠地点付近では重力が弱く誤差も小さいため、実用上の問題は出ていません。
この計算が扱っていないこと
地球の重力しか入れていません。 月と太陽の引力、地球の形が完全な球でないこと、大気による軌道の減衰は無視しています。実際の人工衛星は、低い軌道だと大気の抵抗で少しずつ高度を下げ、いずれ落ちてきます。
山の高さも入れていません。 地球は半径6371kmの完全な球としています。ここまでに挙げた解答例のうち、円軌道と「自分に当てる」の2つは、近地点が海面すれすれです。実際にはヒマラヤやアンデスに当たります。エベレストは8,848m、大洗から東へ向かう軌道でも南米の山地を通ります。安全に回すには、少なくとも数十kmの高度が要ります。シミュレーターでは、軌道のいちばん低いところがエベレストより下になった場合に、その旨を表示するようにしました。
着弾地点の地名は、246か所のリストから最も近いものを選んでいます。 国境や海岸線のデータは持っていないので、「○○から△△km」という粗い表示になります。
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使ったもの・参考文献
- 人工衛星サイレントアサシン— この記事で扱ったシミュレーター
- ルアーが飛ぶ距離を式で書く— 空気抵抗込みの、現実的な飛距離の計算