派手な魚は、なぜ捕食されないのか
南国の魚は派手です。目立てば捕食されやすいはずなのに、そうなっていません。調べたら、前提が違いました。見る側の目が、人間より14倍粗いのです。数m離れると、縞は背景に溶けます。
サンゴ礁の魚は派手です。青と黄色、白と黒の縞。あんなに目立って、なぜ食べられないのか。
素人考えでは、目立つほど捕食者に見つかりやすいはずです。この直感は、外れていました。
理由は単純でした。見ている側の目が、思っているより粗いのです。
調べて書いた記事です。 サンゴ礁で観察したわけではありません。公開されている実験の数値を読んで整理したものです。シーバス釣りからは離れますが、水中カラーシミュレーターを作る過程で出てきた疑問なので、記事にしました。
前提が違いました
まず、この話の土台になる数字です。
Phillipsらの研究は、サンゴ礁の捕食魚2種について、網膜を取り出して視細胞の密度を数え、どこまで細かいものを見分けられるかを計算しています。
最小分離角という値で表します。この角度より細かいものは、見分けられません。
| 見る側 | 最小分離角 |
|---|---|
| スジアラ(ハタ科。数m先から襲う待ち伏せ型) | 0.103度 |
| ギチベラ(ベラ科。数cmまで近づく型) | 0.092度 |
| 人間 | 0.007度 |
人間のほうが14倍細かく見えています。
この角度を、実際の距離での大きさに直すとこうなります。
| 距離 | スジアラが見分けられる細かさ | 人間が見分けられる細かさ |
|---|---|---|
| 0.5 m | 0.9 mm | 0.1 mm |
| 1 m | 1.8 mm | 0.1 mm |
| 2 m | 3.6 mm | 0.2 mm |
| 5 m | 9.0 mm | 0.6 mm |
| 10 m | 18.0 mm | 1.2 mm |
5m離れると、9mmより細かいものは1つの塊に見えます。
だから、縞は遠くで消えます
ここから話がつながります。
実験に使われたミスジリュウキュウスズメダイは、体に白黒の縦縞があります。この縞の幅が約8mmでした。
なお、捕食魚2種は狩り方が違います。スジアラは数m先から突進する待ち伏せ型、ギチベラは数cmまで近づく型です。同じ模様でも、どちらに見られるかで意味が変わります。
上の表と突き合わせます。捕食魚が8mmを見分けられるのは、4.6m先までです。 それより遠いと、白と黒が混ざって1つの灰色の塊になります。
そしてサンゴ礁には、まだらな影と灰色の部分がたくさんあります。 灰色の塊になったほうが、かえって背景に紛れます。
論文が実際にこれを確かめています。野外で撮った写真を、捕食魚の目の粗さに合わせてぼかしたところ、距離が伸びるほど隠蔽の効果が上がり、5mで魚と背景の空間的な特徴が一致したとのことです。
そして、ここが決定的でした。
同じ写真を人間の目の粗さでぼかすと、10m先でもはっきり目立ったままでした。
「派手だ」と感じているのは、人間の目で見ているからです。 捕食者の目では、とっくに背景に溶けています。
縞は、背景と一致していなくてもいい
この論文は、もう一歩踏み込んでいます。
縞の細かさが、背景の細かさとぴったり合っている必要があるのか。 生きた捕食魚2種を訓練して、いろいろな背景の前に置いた獲物を襲わせる実験をしています。
結果は予想外でした。
ぴったり合っている必要はありませんでした。 それどころか、背景のほうが少し細かいときに、いちばん襲われにくくなりました。
理由として2つ挙げられています。
背景が複雑だと、注意がそちらに向く。 別の実験でも、背景が複雑なほど捕食者は獲物を見つけるのに時間がかかる、とされています。
輪郭の検出が妨げられる。 動物の形を認識する第一段階は、明暗の境目を見つけることです。縞は偽の輪郭を作って体の形を壊します。背景に自然な境目が多いほど、本物の輪郭がその中に埋もれます。
ただし、向きは効きました。 縞が背景に対して90度になったときだけ、襲われる確率がはっきり上がっています。45度ではほとんど変わりませんでした。
つまり、派手さは距離の関数です
ここまでを整理します。
| 見る距離 | 捕食者にどう見えるか |
|---|---|
| 近い | 縞も色もはっきり見える。目立つ |
| 遠い | 混ざって1つの塊になる。背景に紛れる |
同じ模様が、距離によって目立つ色にも隠れる色にもなります。
そして近い距離で目立つことには、別の役目があります。 論文は、この縞が仲間どうしの連絡にも使われている可能性を挙げています。近くの仲間には見え、遠くの捕食者には見えない。両立します。
これは魚に限りません。ベニモンマダラの幼虫を調べた研究も、同じ構造を報告しています。オレンジと黒の縞は近くでは強く目立つが、離れると色が混ざって背景に近づく。警告と隠蔽を、1つの模様で両立させている、と。
ただし、決着していません
きれいな話ですが、これで説明がついたわけではありません。
まったく別の説があります。Alonso (2015)が出したHyper-Visible World仮説です。
主張はこうです。サンゴ礁では、隠れること自体が不可能になっている。 条件は2つ挙げられています。
1つめ。昼間の水が非常に澄んでいる。
2つめ。サンゴの地形が複雑で、予測できない。
動き回る魚は、次にどんな背景の前に出るか分かりません。 だから背景に合わせようがない。同論文は、隠れることが選べないなら、隠れるために色を犠牲にする必要もなくなるとします。すると求愛や警告や縄張りの主張といった、目立ったほうが得な圧力が自由に働きます。
「隠れるために派手」の逆です。「隠れられないから派手」なのです。
同論文は、動き回るかどうかが決め手だとも書いています。同じサンゴ礁でも、一か所にとどまる魚なら背景が予測できるので、隠れる色が選ばれうる。 実際、カサゴやカエルアンコウのように、じっとしている魚は見事に隠れています。
反証可能な予測を出しています
この論文が良いのは、確かめる方法を明示している点です。
他の条件が同じなら、動き回る魚は、どれだけ目立つ色をしていても、サンゴ礁では受ける捕食圧が変わらないはずだ。ただし予測できる一様な背景の前ではそうならない。
目立つ色と地味な色で、捕食される率に差が出るかを比べればいい。 サンゴ礁では差が出ず、砂地では差が出る、という予測です。
査読者が突いた弱点
この論文は査読の中身が公開されています。査読者のLangerhansが、前提の弱さを具体的に突いていました。
そもそもサンゴ礁の魚が、ほかの生き物の集まりより本当に派手なのか。 これを測った研究があるのか。
著者の回答が率直でした。 そういう研究は見つけられなかった、と。分野では自明のこととして扱われているが、定量されてはいない、と認めています。
「サンゴ礁の魚は派手だ」という出発点そのものが、測られていません。
もう1つ、査読者はサンゴ礁にも隠れている魚はたくさんいると指摘しました。ヒラメ、カサゴ、カエルアンコウ、ギンポ、ハゼ、ヘラヤガラ。著者はこれを認め、次の版で「隠れる色が選ばれる」を「選ばれうる」に修正しています。
そして、この分野の中心にいるMarshall自身が、こう述べています。あれほど多様な集まりの色の背後に、進化の力がひとつしかないというのは、ほとんど考えられない。
答えは1つではない、ということです。
ルアーの話に戻せるか
部分的には戻せます。ただし慎重に。
戻せる部分。 「目立つかどうか」は、模様そのものではなく見る側の目の粗さと距離で決まる。これは水中カラーシミュレーターで見た話と同じ構造です。あちらは色が距離で消える話、こちらは模様が距離で消える話でした。
シーバスの目の粗さは分かりません。 上の数値はサンゴ礁の魚のものです。魚は色をどう見ているのかで書いたとおり、シーバスは色を区別する仕組みを持つところまでは網膜が測られていますが、目の細かさを測ったものは見つけられませんでした。
濁った水はもっと厳しいはずです。 サンゴ礁の実験は澄んだ水を前提にしています。色が消える距離で、魚は何を頼りに餌を見つけているのかで見たとおり、濁ると視覚そのものが潰れます。細かい模様が意味を持つ距離は、さらに短くなるはずです。 これは推測です。
そこから先は言えません。 「だからルアーの模様は細かくても無駄だ」とは書けません。近距離では見えているからです。 そして「良く釣れるルアー」の正体で計算したとおり、その差を自分の釣果で確かめることはできません。
確かめられていないこと
シーバスの目の粗さは分かりません。 この記事の数値は、サンゴ礁のスジアラとベラ科の魚のものです。
最小分離角は、視細胞の密度から計算した理論値です。 論文自身が、実際に見分けられる細かさは理論値より低い可能性があると書いています。網膜より先の処理で情報がまとまるためです。
論文中の2つの数値が、私の計算と合いませんでした。 論文は最小分離角から「100cmで1.74mmと1.45mm」という値を出していますが、角度の大小と順序が逆に見えます。私は角度のほうから計算し直した値を表に載せました。 どちらが正しいかは判断できていません。
実験に使われた捕食魚は、合わせて15匹です。 スジアラ9匹、ギチベラ6匹。少数の個体での結果です。
「派手さ」を測ったわけではありません。 実験で使われたのは白黒の縞と、白黒に変換した背景です。色そのものの効果は、この実験では調べられていません。
Hyper-Visible World仮説は、査読で保留付きの評価です。 3人の査読者はいずれも「保留付きで承認」としています。確立した説ではなく、提案された仮説です。
この仮説の予測は、まだ検証されていません。 著者が反証可能な形で予測を出していますが、それを実際に確かめた研究は探していません。
濁った水についての推測には、根拠がありません。 サンゴ礁の実験を濁った水に当てはめられるかは分かりません。
続けて読むなら
- 自然界にない色に、なぜ魚は食ってくるのか— 目立つかどうかは背景との差で決まる、という話
- ルアーカラーは効くのか— 色を比べた研究3本と、色を替える行為そのものの効果
- 色が消える距離で、魚は何を頼りに餌を見つけているのか— 模様の手前に、そもそも光が届いていない距離があります
- 魚は色をどう見ているのか— 目の粗さではなく、波長の感度を測った研究
- 結局どのカラーを選べばいいのか— 色の話の結論。計算できる性質だけで総当たりしました
- 水中で色が消える仕組み— 模様ではなく色が距離で消える計算。係数の出どころ
使ったもの・参考文献
- Disruptive colouration in reef fish: does matching the background reduce predation risk?(Phillips et al. 2017, Journal of Experimental Biology)— 捕食魚の最小分離角、距離による隠蔽効果の変化、背景の細かさと襲われやすさの実験
- Coral reef fish visual adaptations to a changing world(Functional Ecology)— 近くでは目立ち、遠くでは背景に溶けるという整理
- The “Hyper-Visible World” hypothesis for the dazzling colours of coral reef fish(Alonso 2015, F1000Research)— 仮説の中身、反証可能な予測、査読者とのやり取り、Marshallの発言。査読報告と著者の回答も同じページで読めます
- Distance-dependent aposematism and camouflage in the cinnabar moth caterpillar— 距離によって警告と隠蔽を両立させる模様
- 水中カラーシミュレーター— 色が距離で消える計算