色が消える距離で、魚は何を頼りに餌を見つけているのか
水中カラーシミュレーターを作って気づきました。沿岸の水では、3m先で光は1割しか残りません。それでも魚は餌を捕っています。視覚が効かない距離で何が働いているのかを調べました。
水中カラーシミュレーターを作って、自分で驚いたことがあります。沿岸の水では、3m離れただけで光が1割しか残りません。
| 光が水を通る長さ | 緑(550nm)が残る割合 |
|---|---|
| 1 m | 46.2% |
| 2 m | 21.4% |
| 3 m | 9.9% |
| 5 m | 2.1% |
| 10 m | 0.04% |
いちばん残りやすい緑でこれです。それなのに、魚は餌を捕っています。
では何を頼りに餌の位置を知っているのか。 調べました。
調べて書いた記事です。 観察や実験をしたわけではありません。公開されている研究を読んで整理したものです。私の推測が入る部分は、そう分かるように書きます。
感覚は、距離で役割を分けています
魚の餌探しは、1つの感覚でやっているのではありません。距離ごとに主役が交代します。
複数の総説が、おおむね同じ整理をしています。Lake Superiorの深水域の魚を調べた論文は、こう書いています。遠距離の探知には嗅覚と聴覚が使われ、近距離のやり取りはたいてい側線か視覚が担う。 そして、視覚は浅い明るい水では主役だが、濁った水や暗いところでは側線が優位になる。
表にするとこうなります。魚がその感覚から得られるものと、得られないものを分けて書きます。
| 感覚 | 届く距離 | その感覚で分かること | その感覚では分からないこと |
|---|---|---|---|
| 嗅覚 | 遠い | 流れの上流側に何かがある、という方向 | 距離。正確な位置。いまもそこにいるかどうか |
| 視覚 | 近い | 方向と距離。形と大きさ。色。動き | 濁ったり暗くなったりすると、方向も距離も形も分からなくなる |
| 側線 | ごく近い | 方向と距離。水の動きの向きと強さ | 形。色 |
聴覚は表から外しました。 上の引用のとおり遠距離の感覚として挙げられていますが、魚が音から何を得ているのかを、私は調べきれませんでした。 分からないまま欄を埋めるより、外すほうが正直だと考えました。
その後、スズキについての記述を1つ見つけました。 ただしこの表の欄を埋められるものではありませんでした。 下の「音について、1行だけ見つかりました」に書きます。
ここが重要でした。「見つける」と一口に言っても、感覚によって手に入る情報がまるで違います。
嗅覚だけは、時間のずれもあります。 匂いは流れに乗って運ばれてくるので、届いた時点では、発生源はもうそこにいないかもしれません。 位置ではなく、過去の痕跡を受け取っていることになります。
なお、この表は主役の交代を大まかに示したものです。側線には、これに収まらない使い方がもう一つありました。 あとで書きます。
匂いは、場所を教えません
まず嗅覚です。遠くまで届きますが、位置を特定できません。
理由は、水の中で化学物質がどう広がるかにあります。分子が自分で拡散する速さは、話にならないほど遅いのです。ザリガニの嗅覚を調べた論文は、分子拡散は数mm以上の距離では嗅覚情報を届けるのに非効率だ、と書いています。
では何が匂いを運ぶのか。水の流れです。
流れに乗った匂いは、プルームと呼ばれる細長い帯になります。しかも一様ではありません。複数の研究が、濃い部分と何もない部分がまだらに混ざった、糸が絡んだような構造になると述べています。
だから匂いをたどる魚は、匂いそのものではなく、流れをさかのぼることになります。上流に発生源がある、という情報しか得られないからです。
これは釣りの実感と合います。 河川で流れの上流側に立つ魚は、匂いの帯の中にいます。ただし匂いだけでは、ルアーがどこにあるかは分かりません。
視覚が効く距離は、思ったより短い
次に視覚です。「見える距離」を測った実験があります。
レイクトラウトを使った実験は、明るさ・餌の大きさ・濁りを変えて、魚が餌に反応しはじめる距離を測っています。結果はこうでした。
- 0.17ルクスでは25cm未満
- 17.8ルクスで約100cm
明るくても1mです。 しかも著者らは、プランクトンを餌にした従来の研究は、魚を食べる魚の反応距離をかなり過大評価していると指摘しています。
濁りの効きも測られています。反応距離は濁りに対して減衰するべき関数で下がるとのことです。
もう一つ、河口の魚を使った実験が興味深い結果を出しています。濁った水と、同じ暗さにした澄んだ水を比べたところ、濁った水でだけ捕食が減りました。 著者らは、効いているのは暗さではなく粒子による光の散乱だと結論しています。
濁りは、暗さとは別の効き方をするということです。シミュレーターで散乱を計算に入れているのは、この意味でも正しかったことになります。
スズキについて、2つ書かれています
水産庁がまとめた主要対象生物の発育段階の生態的知見の収集・整理のスズキの項に、視覚と濁りについての記述があります。
1つめ。摂食行動の欄に、視覚で小魚やエビ・イカ等、特に動く餌に強い興味を示すとあります。動くことが効く、と明記されています。なぜ動きが変わった瞬間に食うのかで扱った話の、前提にあたる部分です。
2つめ。生息環境の欄に、濁りが50 ppm以下では成長・摂餌量に大きな影響は見られないとあります。
ただし、この ppm が何を測ったものかは書かれていません。 懸濁物質の重量濃度なのか、濁度の単位なのか。上のレイクトラウトや河口の魚の実験で使われている濁りの指標と揃うかどうかも、確かめられません。
そのため、反応距離の話と直接つなぐことはできません。 「ある水準までは影響が見られない」という形の記述がある、というところまでです。
側線は近くだけ。ただし跡は残ります
3つめが側線です。体の側面に並ぶ、水の動きを感じる器官です。
側線の総説によれば、側線は餌と捕食者の探知、仲間との連絡、群れの維持、流れに頭を向けること、物の見分けに使われます。低い周波数の音を聞く器官とも言えます。
効く範囲は短いです。 側線の総説によれば、多くの著者が、側線の有効範囲をその魚の体長の1〜2倍と見積もっています(Coombs et al. 1992、Van Hemmen 2014)。仮に当てはめるとこうなります。
| 魚の全長 | 側線が効く範囲(体長の1〜2倍として) |
|---|---|
| 30 cm | 0.3〜0.6 m |
| 50 cm | 0.5〜1.0 m |
| 70 cm | 0.7〜1.4 m |
理由も書かれています。水の乱れは距離とともに指数関数的に力を失うため、遠くまで届きません(Kalmijn 1988)。
実際にはもっと短い可能性があります
ただし、同じ総説は続けてこう書いています。自然の餌を見つけるという実際の場面では、有効な距離は数cm程度に限られる可能性が高い(Palmer et al. 2005ほか)。
体長の1〜2倍というのは上限で、実用的にはもっと短いかもしれないということです。
短い代わりに、分解能は高いとされています。別の総説によれば、水面に落ちた虫が作る波紋から、方向だけでなく距離まで判断できることが実験で示されています。研究者が波の特性を操作して、魚に距離を誤らせることに成功した、と。
ただし、跡は数mまで残ります
ここで、上の話をひっくり返す事実が出てきます。
直接感じ取れる範囲は短くても、泳いだ魚が残す水の乱れは、遠くまで長く残ります。 同じ総説によれば、この微細な乱れは数十秒から数分のあいだ存在し、数mまで広がるとされています(Bleckmann 1986, 1993)。魚の大きさと、泳ぐ速さと泳ぎ方によって変わる、と。
そしてその跡をたどって獲物を追跡できる魚がいることが確かめられています。
つまり側線には2つの使い方があります。
| 使い方 | 届く範囲 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| いま近くにいるものを感じる | 体長の1〜2倍。実際には数cmかも | 位置と動き |
| 通ったあとの跡をたどる | 数mまで。数分間残る | どちらへ行ったか |
後者なら、視覚より遠くまで届きます。
音について、1行だけ見つかりました
上で「聴覚は表から外しました」と書きました。その後、スズキについて書かれた記述を1つ見つけました。
同じ水産庁の資料の、摂食行動の欄です。
日の出と日没時に食欲がピークとなり、視覚で小魚やエビ・イカ等、特に動く餌に強い興味を示す。また、摂餌は視覚だけでなく、餌動物の摂餌音にも強い反応を示す。
餌動物の摂餌音、と書かれています。 音一般ではありません。餌になる生き物が、何かを食べている音です。釣り場でいえば、ベイトが水面を叩く音や、捕食で水が割れる音がこれにあたります。
ただし、これで表の欄は埋まりませんでした。
反応することは書かれていますが、音から何が分かるのかが書かれていません。 方向が分かるのか、距離が分かるのか、どこまで届くのか。どれも不明のままです。
そして、この「音」をどの器官で受け取っているのかも書かれていません。 上で見たとおり、側線は低い周波数の音を聞く器官でもあります。耳で聞いているのか、側線で感じているのかで、届く距離はまったく違います。 耳なら遠く、側線なら体長の1から2倍です。
表の聴覚の欄は、空けたままにします。 分かったのは「反応する」ことと「何の音か」の2つだけで、距離も情報の中身も埋まっていません。
この資料は多数の文献をまとめたもので、個々の記載の出典は特定できません。 どの調査に基づく記述なのかを追えていません。
3つを距離の順に並べると
ここまでを1つにまとめます。沿岸の水、全長50cmの魚を想定した場合です。
| 距離 | 光の残り方 | 何が働くか | 何が分かるか |
|---|---|---|---|
| 5 m | 2% | 嗅覚。側線で跡をたどる | 上流に何かある。どちらへ行ったか |
| 3 m | 10% | 同上。視覚はほぼ無理 | 同上 |
| 1 m | 46% | 視覚が効きはじめる | 位置が分かる |
| 0.5 m | 68% | 視覚 + 側線 | 位置と動きが分かる |
| 数cm | — | 側線が確実に効く | 位置と動きが正確に分かる |
視覚が効く範囲と、側線が直接感じ取る範囲は、かなり重なっています。 そしてどちらも1m前後、あるいはもっと短い。
遠くまで届くのは、匂いと、水に残った跡です。 どちらも「そこにいる」ではなく「そちらに何かあった」という情報です。音も遠距離の感覚として挙げられていますが、届く距離を示す数字を見つけられていません。
距離の数字は、私が組み合わせたものです。 光の残り方はシミュレーターの計算、視覚の距離はレイクトラウトの実験、側線の範囲は総説にある見積もり。別々の魚と別々の条件から持ってきているので、そのままシーバスに当てはまるとは限りません。
つまり、どういうことか
視覚は、思っていたよりずっと短い距離でしか働いていませんでした。
私はどこかで「魚は数m先からルアーを見つけて寄ってくる」と思っていました。シミュレーターの計算も、視覚の実験も、それを否定します。 濁った沿岸なら、なおさらです。
では遠くのルアーはどうやって気づかれるのか。 筋の通る説明は3つあります。
1つめ。気づかれていない。 魚のほうが近くに来たときに初めて見つかっている。待っている魚の前を通す、という釣り方の理解と合います。
2つめ。跡をたどられている。 水に残った乱れは数mまで広がり、数分残ります。ルアーも泳げば跡を残すはずです。 ただしこれは推測で、ルアーが残す跡について調べた資料は見つけられませんでした。
3つめ。音です。 スズキが餌動物の摂餌音に強い反応を示すという記述は見つかりました。ただしどこまで届くのかが分からないので、遠くのルアーの説明に使えるかどうかは判断できません。 そしてルアーは、餌が食べている音を出しません。
そして、これらは濁りで比重が変わるはずです。 澄んだ水では視覚の距離が伸び、濁れば縮む。縮んだぶんを埋めるとすれば、側線か聴覚しかありません。
「水を動かすルアー」の話につながります
濁った水では波動の強いルアーがいい、という話をよく聞きます。ここまでの整理は、それと矛盾しません。
視覚が濁りで潰れ、側線が残る。側線に届くのは水の動きだけなので、水を動かすルアーのほうが情報を出していることになります。
ただし、これで裏付けが取れたとは言えません。 理由が4つあります。
側線が直接感じ取る距離は、やはり短いです。 体長の1〜2倍、実際には数cmかもしれません。遠くから寄せる効果を、直接の感知では説明できません。
跡をたどるほうなら数m届きますが、それは「通ったあと」の話です。 泳いでいるルアーに向かって寄ってくる説明としては、そのまま使えません。
どれだけ水を動かせば届くかは分かりません。 ルアーが作る水の動きの大きさを測った資料を、私は見つけられませんでした。
そして「良く釣れるルアー」の正体で計算したとおり、2つのルアーの優劣を個人の釣行で見分けるのは現実的に不可能です。 「波動が強いほうが濁りに効く」を、自分の釣果で確かめることはできません。
仕組みとして筋が通ることと、実際に効いていることは別です。
確かめられていないこと
シーバスについての研究ではありません。 視覚の距離はレイクトラウト、濁りの実験は河口のキリフィッシュ、匂いの広がり方はザリガニです。側線については、総説が複数の魚種の研究をまとめたものを引いています。魚種が違えば数字も違います。
側線の距離は、総説にある見積もりです。 「体長の1〜2倍」はCoombs et al. (1992)とVan Hemmen (2014)、「実際には数cm」はPalmer et al. (2005)ほかを引いた記述で、私はそれぞれの原論文には当たっていません。 総説がまとめた内容を紹介しています。
跡が数m広がるという数字も同じです。 Bleckmann (1986, 1993)を引いた記述で、原論文は確認していません。魚の大きさと泳ぎ方で変わる、とも書かれています。
ルアーが残す跡について調べた資料はありません。 泳ぐ魚が跡を残すことは確かめられていますが、ルアーが同じような跡を残すのか、それが魚に使えるのかは分かりません。
距離ごとの表は、私が別々の資料を組み合わせて作ったものです。 同じ実験から出た値ではありません。
ルアーが出す水の動きの大きさは分かりません。 側線に届くかどうかを判断する材料がありません。
聴覚は、半分しか扱えていません。 スズキが餌動物の摂餌音に反応するという記述は見つかりましたが、届く距離も、音から得られる情報の中身も、受け取る器官も分かりません。 耳なのか側線なのかで話がまるで変わります。
濁りの50 ppmという数字は、単位の中身が分かりません。 何を測った値なのかが資料に書かれておらず、この記事で扱っている他の濁りの実験と揃うかを確かめられません。
夜のことは分かりません。 視覚の実験は明るさを変えていますが、いちばん暗い条件でも0.17ルクスです。月のない夜の水中がどれくらいかは確認していません。
続けて読むなら
- 自然界にない色に、なぜ魚は食ってくるのか— 見つけたあと、なぜ口を使うのか。検出と識別は別の段階でした
- ルアーカラーは効くのか— 色を比べた研究3本と、色を替える行為そのものの効果
- 魚は色をどう見ているのか— 視覚が効く距離まで近づいたとき、何を見分けられるか。実測されている魚種を並べています
- 派手な魚は、なぜ捕食されないのか— 見分けられる細かさも距離で決まります。捕食魚の目は人間より14倍粗いという測定です
- 結局どのカラーを選べばいいのか— 色の話の結論。見る向きと濁りごとにコントラストを総当たりしました
- 水中で色が消える仕組み— 冒頭の表の出どころ。係数と計算の中身
使ったもの・参考文献
- Visual Sensitivity of Deepwater Fishes in Lake Superior(PLOS ONE)— 遠距離は嗅覚と聴覚、近距離は側線と視覚という役割分担。濁った水と暗いところでは側線が優位になること
- Effects of light, prey size, and turbidity on reaction distances of lake trout— 明るさと反応距離の関係。プランクトンを使った研究が過大評価になるという指摘
- Relative effects of turbidity and light intensity on reactive distance and feeding of an estuarine fish(Environmental Biology of Fishes)— 濁りが効くのは暗さではなく散乱によるという結論
- Lateral Line System(ScienceDirect Topics)— 有効範囲は体長の1〜2倍という見積もり(Coombs et al. 1992、Van Hemmen 2014)、実際の餌探しでは数cmに限られる可能性(Palmer et al. 2005ほか)、水の乱れが距離とともに指数関数的に減衰すること(Kalmijn 1988)
- Lateral Line(ScienceDirect Topics)— 側線の役割、波紋からの距離判断、渦の跡をたどる追跡、跡が数十秒から数分残り数mまで広がること(Bleckmann 1986, 1993)
- The flow generated by an active olfactory system of the red swamp crayfish(arXiv)— 分子拡散が数mm以上では機能しないこと
- Odor tracking in aquatic organisms(Scientific Reports)— 匂いの帯がまだらな構造になること
- 社団法人全国豊かな海づくり推進協会「主要対象生物の発育段階の生態的知見の収集・整理」(水産庁)— スズキの摂食行動として、日の出と日没に食欲がピークとなること、特に動く餌に強い興味を示すこと、餌動物の摂餌音にも強い反応を示すこと。濁りが50 ppm以下では成長・摂餌量に大きな影響が見られないこと。多数の文献をまとめた資料で、個々の記載の出典は特定できませんでした
- 水中カラーシミュレーター— 光の残り方の計算。係数の出どころは水中で色が消える仕組みに書きました