バラすと釣れなくなるのはなぜか

バレた魚が仲間に知らせている、という説明が成り立つかを調べました。警報物質はコイやナマズの仲間のものでした。かわりに、魚が避けているのは漁具そのものではなく「見慣れた漁具」だという報告が出てきます。

この記事の見出し

バラした直後から、そのポイントで釣れなくなる。釣り人の間でよく聞く話です。バレた魚が仲間にルアーのことを教えに行った、という冗談もあります。

これが起きる仕組みがあるのかを調べました。

調べて書いた記事です。使ったのは、公表されている論文と発表資料です。

「仲間に知らせる物質」は実在します。ただし別の魚のものです

傷ついた魚の皮膚から出て、同種の仲間に危険を知らせる物質を、警報物質といいます。1930年代から知られていた現象です。

2024年に、その正体が特定されました。理化学研究所と東京大学の研究グループが、ゼブラフィッシュを使って2種類の化合物を突き止めています。

物質持っている魚
硫酸化ダニオールゼブラフィッシュとパール・ダニオに特異的
オスタリオプテリン骨鰾上目に共通

骨鰾上目は、コイ、ナマズ、キンギョ、ドジョウ、テトラなどを含みます。淡水魚の約70%を占めます。

ここが決定的でした。

同じ研究で、棘鰭上目に属するメダカを調べたところ、2つの物質のどちらも持っていませんでした。そしてメダカの皮膚の抽出物では、警報反応を担う嗅球の部位が活性化されませんでした。

棘鰭上目は魚類で最も大きな上目で、約15,000種を含みます。タイ、サンマ、イワシ、カレイ、フグ、サバなどが属します。スズキは、この棘鰭上目です。ブラックバスも同じです。

「バレた魚が仲間に知らせる物質を出した」という説明は、成り立ちにくいということになります。

ただし、これは「骨鰾類の警報物質を持たない」という話です。棘鰭上目に別の仕組みがある可能性を、この研究は否定していません。

見て学ぶ経路は、否定されていません。調べられていないだけです

物質でないなら、見て学ぶという経路が残ります。

Lennox ら (2017)は、魚が釣れやすさをどう決めているかを総説にまとめています。そこにこう書かれていました。

経験のない魚が、経験のある仲間を見て新しい餌を受け入れるようになることは知られています。だから理屈のうえでは、見て学んでルアーを避けるようになることも起こりうる。

ところが、社会的学習の研究は「食べるようになる」方向にばかり集中していて、「避けるようになる」方向はほとんど調べられていません。

否定されているのではありません。調べられていないのです。

かかった魚自身は、確かに学習します

一方、かかった魚がどうなるかは、かなり細かく分かっていました。

1回釣られると、再び釣られにくくなる

Beukema と de Vos (1974)は、水を抜ける池で個体数の分かっているコイを釣り、標識して放す実験をしています。

釣られた回数の分布を、偶然だけで決まる場合(ポアソン分布)と比べました。

釣られた回数実際の個体数 ÷ 偶然だけで決まる場合の個体数
1回だけ釣られた個体約2倍
2回以上釣られた個体約半分

どちらも統計的に有意でした。1回釣られた魚が、そのあと釣られにくくなっているということです。

エサは食べる。針にかからないだけです

ここがいちばん面白いところでした。

Klefoth ら (2013)は、同じ環境で育てたコイ2系統を、池と実験水槽で釣り続けました。池は20日間、水槽は7日間です。

測ったのは2つの時間です。

測った時間何を表すか
その日の最初のアタリまでの時間魚がエサに口を使うまでの時間
その日の最初の捕獲までの時間実際に針がかりするまでの時間

水槽では、日数が進むと、後者だけが長くなりました。前者は変わりませんでした。

魚はエサを食べ続けています。針にかからなくなっただけです。

論文はこれを、触覚による手がかりで学習した証拠としています。エサを口に入れ、針の感触を確かめてから吐き出すようになった、ということです。

明るいと避けやすい

水槽では、日数が進むにつれて夜間の捕獲が増えました。そして濁った池では、昼夜の差がありませんでした。

論文はこれを、視覚による手がかりで針や糸を見分けている証拠としています。見えないほうが釣れる、ということです。

避けているのは「漁具」ではなく「見慣れた漁具」です

ここが実用に直結します。

Lennox ら (2017) が引いている報告に、決定的なものがありました。

再捕された大西洋サケのうち、最初に釣られたのとは違う漁具で捕まったものが、有意に多かった。

魚は漁具一般を避けているのではありません。見慣れた漁具を避けています。

そして同じ総説は、Shepard の一般化の法則を引いています。魚は、すでに連合のある刺激に強く反応します。つまり普段の餌に似た漁具ほど避けにくい。特に生き餌です。

ルアーを換えると釣れる、という釣り人の実感に、そのまま対応します。

記憶には期限があります

避けるようになった魚も、いつかは忘れます。その期間が魚種でまったく違いました。

魚何をどれだけ保持したか
ニジマス新しい捕食者の認識21日で忘れた
ファットヘッドミノー捕食者の手がかり2か月で忘れた
クリムゾンスポッテッドレインボーフィッシュトロール網の回避11か月
コイ再捕を避ける最大1年

3週間から1年まで、幅があります。

逆の例もありました。カットスロートトラウトは1シーズンに平均10回、5日に1回のペースで釣られています。総説は「学習しなかったか、記憶が非常に短かったか、餌を取らざるを得なかった」としています。

そもそも釣られない魚がいます

無視できない事実がもう1つあります。

Klefoth らの実験で、最後まで一度も釣れなかった個体の割合です。

場所(期間)一度も釣れなかった個体の割合:家魚化の強い系統同:家魚化の弱い系統
池(20日間)45%68%
水槽(7日間)15%45%

池では、家魚化の弱い系統の3分の2が、20日間かけても一度も釣れませんでした。

Beukema と de Vos (1974) でも同じことが出ています。釣り竿で捕獲された割合は、野生系統が7%、家魚系統が57%から72%。約10倍の差です。

釣れなくなる理由は、学習だけではありません

Lennox ら (2017) は、釣獲率の低下が学習以外でも起こると明記しています。

魚が移動したり、その場所を使わなくなったりすれば、遭遇率そのものが下がります。学習していなくても、釣れなくなります。

実際、Klefoth らのグループの別の研究では、釣りが始まると水槽内の魚が釣り座への訪問回数を減らしました。ただし池では、この効果は見られませんでした。

同じ総説は、釣れやすさを「行き来する状態」として捉えることを提案しています。個体の内的な状態、漁具との遭遇、漁具の性質。この3つで決まる動的なものだ、という枠組みです。

「スレ」の中に、4つの別々の現象が混ざっています

整理します。

現象何が起きるか時間の尺度誰に起きるか
学習見慣れた漁具を避ける1回の経験。3週間から1年で忘れるかかった魚
場所の回避釣り座に来なくなるその場の釣行その場の魚
もともとの個体差釣れる魚から先に釣れていくその場の釣行個体群
選抜釣られやすい個体が減る世代個体群

4つめについては、Philipp ら (2009)がブラックバス(オオクチバス)で選抜実験をしています。イリノイ州の実験用の湖で、1977年から1980年に一度も釣られなかった魚と、1980年の1シーズンに4回以上釣られた魚を、それぞれ親にしました。その子を池で育てて釣り、また釣られにくいものと釣られやすいものを親に選ぶ、ということを3世代続けています。最後の世代の釣りは1994年です。

世代釣られやすい系統の釣獲率 ÷ 釣られにくい系統の釣獲率半数が初めて釣られるまでの時間:釣られにくい系統 ÷ 釣られやすい系統
1世代目1.42.0
2世代目1.72.2
3世代目2.33.3

世代を重ねるほど、2つの系統の差は広がりました。釣られやすさの違いのうち、親から子に伝わる割合(実現遺伝率)は0.146です。釣られやすさは遺伝する形質でした。差が広がった分の多くは、釣られにくい系統がさらに釣られにくくなったことによるものです。

Klefoth らも、釣りは大胆な個体を選択的に取り除くと結論しています。よく食べ、素早く食いつき、動き回る個体ほど釣られやすいためです。

それでも、バラした直後の説明にはなりません

学習したのはかかった魚だけで、個体差も選抜も1日のうちには動きません。

残るのは2つです。

1つめ。暴れた魚が、他の魚を散らした。かかった魚は激しく暴れます。その動きは見えます。水の揺れは側線で感じ取れます。音も出ます。色が消える距離で、魚は何を頼りに餌を見つけているのかで扱ったとおり、魚は側線で水の動きを感じ取ります。ただし、この説明を確かめた研究を私は見つけていません。

2つめ。そもそも起きていない。バラした後に釣れなかった日は覚えていて、バラした後にすぐ釣れた日は忘れます。「良く釣れるルアー」の正体で扱った確証バイアスです。

そして、バラすということは、そこに魚がいて食ってきたということです。時合いの終わりとバラしが重なっただけかもしれません。

釣りに何が言えるか

4つ言えます。

1つめ。「仲間に知らせる物質」で説明するのは無理があります。 その物質を持つのはコイやナマズの仲間で、スズキの属する系統には見つかっていません。ただし見て学ぶ経路は、調べられていないだけです。

2つめ。かかった魚は、見慣れた漁具を避けるようになります。 漁具一般ではありません。そしてエサは食べ続けたまま、針にかからなくなります。「反応はあるのに乗らない」が、学習の結果として起こりえます。

3つめ。見えないほうが釣れます。 水槽では日数が進むほど夜間の捕獲が増え、濁った池では昼夜の差がありませんでした。

4つめ。同じ場所で釣り続けると、釣れる魚から先にいなくなります。 20日間で3分の2が一度も釣れなかった系統もありました。「スレた」のではなく「釣れる個体が減った」だけかもしれません。

確かめられていないこと

コイの実験は、置き餌を使った待ちの釣りです。 ルアーを動かして反応させる釣りとは条件が違います。同じ学習が起こるかは分かりません。

スズキで学習や警報反応を調べた研究を、見つけられませんでした。 魚は色をどう見ているのか、魚は匂いで餌を見つけているのかでも同じ壁に当たっています。これで4回目です。

記憶の保持時間は、どれもスズキのものではありません。 3週間から1年という幅は、別の魚種の値です。

「見慣れた漁具を避ける」は大西洋サケの報告です。 ルアーの色や形をどこまで見分けているかは、この記事では分かりません。

メダカ1種の結果を、同じ上目のスズキに広げるのは私の推測です。棘鰭上目に別の警報の仕組みがある可能性を、否定できていません。

Lennox ら (2017) が引いている個々の報告は、原論文には当たっていません。

「暴れた魚が他の魚を散らす」を調べた研究を見つけていません。 説明として自然だというだけです。

血が水に入ったときに何が起きるかを調べていません。 警報物質とは別の話です。

リリースした魚がその後どうなるかも、この記事では扱っていません。

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