リップの大きさの影響とルアーを比べる物差し

リップは面積が同じでも、幅広にすると潜る力が1.5倍になります。そして形の違うルアーを同じ土俵に載せるために、研究者は新しい物差しを1つ作りました。シンキングペンシルの研究が見つからない理由も考えます。

前編で、ウォブリングとローリングは連続した1本の目盛りの両端で、区別して観測することはできなかった、という報告を紹介しました。

後編では、深さの側を扱います。そして最後に、そもそもルアーを比べるとはどういうことかという話に戻ります。

調べて書いた記事です。実験はしていません。参考文献は末尾に挙げます。

リップは、面積ではなく形で効きます

臺田望氏らが2002年に報告した実験は、リップの面積を固定して、縦横比だけを変えています

  • 4倍の拡大模型。ボディはポリウレタン樹脂をNC旋盤で削り出し、リップは厚さ3mmのアルミ板
  • リップの平面形は面積が等しい長方形5種。縦横比 λL = リップの幅 ÷ リップの長さ を 0.3, 0.5, 1.0, 1.5, 2.0
  • 六分力計で潜行力・抗力・モーメントを計測。迎角は0度から70度まで

結果です。

リップ縦横比 λL (= リップの幅 ÷ リップの長さ)最大潜行力係数 Czmax最大潜行抗力比 Cz/Cx潜行抗力比が最大になる迎角
0.30.551.2320°
1.00.661.5315°
2.00.822.5410°

面積は同じままです。幅広にしただけで、潜る力が 0.55 から 0.82 へ、約1.5倍になりました。

そして抗力はほとんど増えていません。論文は、リップの縦横比の違いによる抗力係数の差は潜行力係数の差に比べて小さい、と書いています。縦横比を 0.3 から 2.0 へ増やすことで、抗力を増大させることなく最大潜行力係数と最大潜行抗力比を大きくできるというのが結論です。

「リップが大きいほど潜る」という店頭の説明より、一段細かい話になっています。大きさではなく形です

もうひとつ、同じ実験から出ています。同じ迎角では、リップの縦横比が大きいほど圧力中心の位置がリップの前方に来ます。水を受ける点が前に移る、ということです。前編で紹介した「渦の力が当たる場所で回転軸が切り替わる」という話と、同じ座標の上にあります。

ラインを結ぶ位置は、理論値と一致しました

臺田氏らが1999年に報告した実験は、タイドアイの位置を可変にできるルアーを作り、回流水槽とフィールドの両方で潜行深度を測っています。

フィールド実験は山梨県西湖。20m区間に魚群探知機の送受波器を4m間隔で4つ沈め、巻き取り速度 40・60・80 cm/s でルアーを通しています。竿は計測ラインの終端に固定して、竿とリールの位置が変わらないようにしてあります。

Ct = 先端からタイドアイまでの距離 ÷ 全長 として、結果はこうです。

Ct = 0.21 から 0.28 で潜行深度が最大になりました

これが面白いのは、理論値と一致したことです。クッタ・ジューコフスキーの定理によると、平板に働く揚力の作用点は前縁から板全長の1/4の点になります。Ct に直すと 0.25 です。

この記事で紹介する研究の中で、理論の予測と実測が合った唯一の箇所です

あわせて、実用的な指針も出ています。

  • 迎角が約55度以上になると失速して潜行不能になります。迎角が急激に増大すると失速するため、潜行深度が最大となる位置より前方にタイドアイを設定する必要がある、と書かれています
  • Ct を 0.25 かそれよりやや小さくすると、失速を防げます
  • Ct = 0.25 付近に配すると、巻き取り速度を上げたときに深度が大きく変わります。逆に Ct = 0.1 付近にすると、速度を上げても深度があまり変わらなくなります

3つめは、そのまま実釣の選択になります。巻き速度でレンジを操作したいのか、速度が変わってもレンジを保ちたいのか。ラインアイの位置がそれを決めています。

両立しないものが、3組あります

ここまでの数字を並べると、片方を取るともう片方が犠牲になる関係が3つ出てきます。

1. 深く潜ることと、深さが安定すること。リップの縦横比 λL を 2.0 にすると深く潜りますが、迎角が変わったときの潜行深度の変動も大きくなります。λL を 0.3 にすると、迎角が変動しても潜行深度の変化を小さくできます。論文にそのまま書かれています。

2. 振れ角が大きいことと、深く潜ること。前編で見たとおり、体高を高くすると振れ角は増えますが、潜行深度は浅くなります。

3. 深く潜ることと、ラインアイの設定に余裕があること。臺田らは、蛇行や失速がなく相対的に安定した潜行運動を示すタイドアイの設定範囲は、リップの縦横比が大きくなるにつれて小さくなると報告しています。よく潜るリップほど、正しい位置が狭くなります。

つまり、動きとレンジは独立に選べる2つの軸ではありません。どちらも同じ形の寸法から出てくるので、片方を決めるともう片方が動きます。

このサイトのローテーションの記事に「替えるのはカラーではなく波動とレンジ」と書きましたが、この2つは独立ではなかったということになります。あちらの記事は訂正しました。

比べるための物差しが、なかった

ここからが、この記事でいちばん書きたかったことです。

前編で紹介した臺田ら2001は、リップ形状の違うルアーを比べようとして、比べられないという問題に突き当たっています

タイドアイの位置を Ct(長さの比)で表して比べたところ、同じ Ct = 0.2 でも、リップの縦横比 λ = 0.3 では迎角13度、λ = 2.0 では54度になりました。差は41度です

同じ位置にラインを結んでいるのに、まったく別の姿勢で泳いでいます。これでは比較になりません。

そこで論文は、新しい量を定義しています。面積比 Cs = タイドアイより前方の平面投影面積 ÷ ルアー全体の平面投影面積

長さの比ではなく、面積の比にしたわけです。これで表し直すと、同じ Cs でのリップ形状による迎角の差は、最大でも19度に縮みました。論文が例に挙げているのは、Cs = 0.2 で λ = 0.3 のとき迎角13度、Cs = 0.23 で λ = 2.0 のとき16度という比較で、差は3度です。

そして Cs = 0.2 から 0.3 が、蛇行も失速もなく安定して潜行する範囲だと結論しています。

形の違うルアーを同じ土俵に載せるには、載せるための量を先に作る必要がありました。既存の物差しでは、同じ数字が別のものを指してしまっていたからです。

これは分類の話そのものです。「ローリング系」「ウォブンロール」という言葉が主観的に見えるのは、使っている人が雑だからではありません。何を測って比べるかが決まっていないからです。研究の側でも、決めるのに時間がかかっています。

シンキングペンシルの研究は、見つかりません

ここまで紹介した4本は、すべてリップ付きのミノーとクランクベイトです。シンキングペンシル、バイブレーション、ワームを扱った実験研究は、今回見つけられませんでした

理由を、隣接する事実から考えます。ここからは私の推測です

測れないからだと思います

三木らは、体高比 κ が 0.28 より小さいルアーについて左右への蛇行を示し、定常的な振動をしなかったと書いています。さらに κ = 0.82 と 1.00 のルアーについては、不安定な挙動があって安定したデータをサンプリングできなかった場合は、図にプロットしなかったとまで書いています。

臺田らも、Cs が 0.21 以下ではルアーが左右へ蛇行することがあり、この場合はルアーの迎角を計測できなかったと書いています。

回流水槽の計測は、ルアーが一定の姿勢で定常的に泳ぐことを前提にしています。定常状態にならないものは、そもそも数値が取れません。

シンキングペンシルはリップを持たず、姿勢を拘束するものがありません。まさに、この「測れなかった領域」に入ります

加えて、3つの事情が効いていると思います。

  • 使い方が定常ではありません。シンペンはフォールと巻きを組み合わせて使います。等速で引き続ける実験系に乗りません
  • 研究の出発点がオッターボードでした。臺田ら2002は、トロール網を左右に開く展開板(オッターボード)の縦横比の研究を出発点に挙げています。リップという平板の流体力から始まった系譜なので、リップのないルアーには枠組みが使えません
  • カテゴリ自体が、日本のシーバス釣りから出てきたものです。ブラックバスを対象にした研究の視野に入っていません

研究されていない」のではなく「今の測り方では測れない」というのが実態に近いと思います

海外の研究は、別のことを見ています

もうひとつ気づいたことがあります。ここまで挙げた論文はすべて日本のものです。海外にルアーの研究がないわけではありません。見ているものが違います

日本機械学会の論文が挙げている参考文献から拾うと、こうなります。

研究何を調べているか
Mijajlović & Ćirić 2018、Mijajlović ら 2020 (セルビア)ルアーの流体構造連成解析。日本の研究と同種
Wilde ら 2003 (Fisheries)ルアーサイズの規制
Moraga ら 2015 (Fisheries Research)ルアーの色が釣果・魚のサイズ・フッキング損傷に影響するか
Wegener ら 2018釣り努力量と漁獲されやすさ
Clarke ら 2021釣り人の経験とルアーの特性が、魚の福祉に与える影響

海外の主流は、資源管理と魚の福祉です。ルアーを研究するとき、それが魚と資源にどういう影響を与えるかを見ています。ルアーがどう泳ぐかではありません。

対して日本の研究は、ルアーを漁具として、流体力学的に扱っています。東京水産大学の稲田博史・兼廣春之・胡夫祥の各氏は漁具設計の研究者で、出発点がオッターボードだったのも同じ理由です。

日本の水産学に漁具学の伝統があることによるものだと思いますが、これは私の推測です。各国の研究体制を調べたわけではありません。

なお Moraga らの研究は、このサイトのルアーカラーの記事に直接効く内容でした。12.7cm の無香のソフトプラスチックワームを6色使い、ラージマウスバスの釣果・サイズ・フッキング損傷を比べたところ、色による釣果とフッキング損傷の差は認められませんでした。ただし明るい色のルアーは、暗い色や自然な色より大きい魚を釣る傾向があった、とされています。あちらの記事にも追記しました。

分かっていないこと

4本ともブラックバス用のクランクベイトが対象です。フックは付いていません。比重もそろえられていません。前編と同じ制約です。

Moraga らの論文は、抄録と研究機関の公開ページから書いています。本文は取得していないので、統計処理の詳細と釣果の実数は確認していません。詳しくはルアーカラーの記事に書きました。

海外の研究を網羅的に調べたわけではありません。日本機械学会の論文の参考文献から辿れた範囲です。ほかの分野にルアーの運動を扱った研究がある可能性は残ります。

シンキングペンシルが測れないから研究されていない」は、私の推測です。研究者がそう書いた資料は見つけていません。定常状態にならないと計測できなかった、という記述が複数の論文にあることから考えた説明です。

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使ったもの・参考文献