「良く釣れるルアー」の正体:投げた回数を数えていない問題
実力がまったく同じ2つのルアーでも、片方が2倍以上釣れたように見える確率は73%。成功体験で投げる頻度が偏る過程を計算してみると、「良く釣れるルアー」の多くが投数の偏りの産物である可能性が見えてきます。
「このルアーは良く釣れる」という話をよく聞きます。自分でも言います。
でも、ふと疑問が浮かんできます。それは何と比べて、どう数えた結果なのか。
「Aで10匹釣れた、Bで3匹だった。だからAのほうが釣れる」——これが成り立つのは、AとBを同じ回数投げた場合だけです(しかも投げた総回数、つまりサンプルサイズが十分大きくなければなりません)。ところが実際には、釣れたルアーを次も投げてしまう。その結果、Aの投数がBの何倍にもなっている。だとすれば、10匹対3匹という数字は何を意味しているのでしょうか。
模擬計算(コンピュータで乱数を使って何万回も試す方法)をしてみたら、興味深い結果が出ました。
水産学には、すでに答えがあります
同じ問題は漁業の資源評価でずっと前から扱われていて、標準的な解決法があります。CPUE(Catch Per Unit Effort、単位努力量あたり漁獲量)です。
水産庁の説明が明快でした。漁獲量は資源の状況だけでなく漁獲努力量にも強く左右されるため、同じ資源状況でも努力量が多ければ漁獲量は多くなる。だから漁獲量を努力量で割った値を使う、というものです。
つまり分母を揃える。釣りに置き換えれば、1投あたりのバイト率にあたります。
私含め多くの釣り人がやっているのは、この分母を書かずに分子だけ比べることです。漁業で言えば「漁獲量だけ見て資源が増えたと言う」のと同じで、水産学ではとうに退けられている見方になります。
先に、統計の考え方を3つだけ
この先の話は、統計の考え方を3つ押さえておくと読みやすくなります。難しい式は使いません。
1. 確率どおりの結果にはならない
バイト率1.0%なら、1000投して平均10匹釣れます(この記事では、バイトがそのまま釣果になるものとして数えます)。ただし「平均10匹」というのは、何度も繰り返したときの平均という意味です。ある1000投では10匹ぴったりにはならず、5匹のことも15匹のこともあります。
実際に計算してみます。1000投する釣行を2万回おこない、その釣果(匹数)を少ない順に並べたときの値がこれです。
| 2万回の釣行において釣果が少ない順に並べたときの位置 | その釣行の釣果 |
|---|---|
| 少ないほうから1,000番目(下位5%) | 5匹 |
| 少ないほうから5,000番目(下位25%) | 8匹 |
| ちょうど真ん中の10,000番目(中央値) | 10匹 |
| 多いほうから5,000番目(上位25%) | 12匹 |
| 多いほうから1,000番目(上位5%) | 15匹 |
同じように数えると、2万回のうち釣果が5匹以下だった釣行が約1,400回(約7%)、15匹以上だった釣行が約1,600回(約8%)ありました。同じ1000投・同じバイト率でも、5匹の日と15匹の日が両方ふつうに起きます。
表では下位5%にあたる値が5匹なのに「5匹以下が約7%」になるのは、釣果が整数だからです。4.7匹のような釣行は存在しません。
実際に少ないほうから積み上げると、こうなります。
| 釣果 | その釣果だった釣行 | ここまでの累計 |
|---|---|---|
| 0〜3匹 | 約200回 | 約1.0% |
| 4匹 | 約370回 | 約2.9% |
| 5匹 | 約750回 | 約6.6% |
| 6匹 | 約1,260回 | 約12.9% |
5%の線は「4匹以下(2.9%)」と「5匹以下(6.6%)」のあいだにあります。 そして5匹だった釣行が約750回もまとまって存在するので、5%の線はその750回の塊の途中を通ります。
だから「少ないほうから1,000番目の釣行」を取り出すと、それは5匹の釣行のひとつ。表の「下位5%=5匹」はそういう意味です。一方で「5匹以下」をすべて数え上げると6.6%(約7%)に届く。同じ5匹でも、位置を指すか個数を数えるかで数字が変わるわけです。
コインを100回投げても表がちょうど50回になることはめったにない、というのと同じです。確率は、実際の回数を決めてくれません。 決めるのは確率と、そこに乗る偶然のばらつきです。
だから1回の釣行の結果からは、ほとんど何も言えません。これがこの記事の出発点です。
2. だから何度も繰り返して、ばらつきの形を見る
「1回では分からない」なら、何度も繰り返してどんな結果がどれくらいの頻度で起きるかを調べればよい。現実には同じ条件で何万回も釣行できませんが、計算機の中なら乱数を使ってできます。
これを模擬計算、あるいはモンテカルロ法といいます。名前はカジノの街モナコのモンテカルロから来ていて、サイコロやルーレットを大量に回して答えを出すという発想を表しています。
この記事でやっていることは単純です。
- 1投ぶんを作る — 0以上1未満の乱数を1つ引く。0.01より小さければ「バイトあり」、そうでなければ「空振り」。これでバイト率1%の1投を再現したことになります
- 1釣行ぶんを作る — それを1000回繰り返す。何匹釣れたかを数えます
- それを何万回も繰り返す — 集まった釣行結果を数える
式を解いているのではなく、ただ大量に試して数えているだけです。この単純さが強みで、数式では手に負えない複雑な状況でも、手順が書けさえすれば答えが出ます。天気予報の「アンサンブル予報」や保険の計算など、実務でも広く使われている方法です。
この記事の場合、釣り人の心理(釣れたルアーに手が伸びる)まで手順に組み込めるのが利点でした。これを数式で解くのは面倒ですが、「釣れたら次に選ぶ確率を上げる」という処理を書き足すだけなら簡単です。
3. 平均と中央値を使い分ける
平均は全部を足して個数で割った値、中央値は小さい順に並べて真ん中に来る値です。
この記事では比(何倍か)を扱う場面が出てきます。比は極端な値が出やすく、平均を取ると少数の例に引っぱられます。
たとえば使用した2つのルアーの釣果の比が5回の釣行でこうなったとします。
1.5倍 2倍 2倍 3倍 12倍
最後の12倍は「1匹対12匹」のような、たまたまルアー間での釣果が極端に開いた釣行です。この5つの平均は4.1倍になりますが、中央値は2倍。4.1倍と言うと「ふつうそれくらい差がつく」と読めてしまいますが、5回のうち4回は3倍以下です。典型的な釣行の姿を表しているのは中央値のほうです。
そこで比については中央値を使いました。「何万回のうち、ちょうど真ん中の釣行ではこうだった」という値です。
計算してみる
では、分母を無視するとどれくらい間違うのか。模擬計算をしてみました。
設定
- ルアーAとBがあり、真のバイト率は1投あたり1.0%(100投で1回)
- バイトはそのまま釣果になるものとします(バラシは考えません)
- 2つは実力がまったく同じ
- 1回の釣行で1000投する
- これを何万回も繰り返す
釣り人の振る舞いを3通り比べます。
- 厳密に交互に投げる — 1投ごとにA、B、A、B…と機械的に入れ替える。投数は必ず500対500
- 毎回コインで決める — 1投ごとにコインを投げて、表ならA、裏ならB
- 釣れたルアーを選びやすい — そのルアーで釣れるほど、次もそれを選ぶ確率が上がる(バイアスがかかる)
3つ目が現実に近い振る舞いだと思います。釣れたルアーには手が伸びる。1つ目と2つ目を分けたのは、「半々に投げるつもり」でも実際には毎回ぴったりにはならないことを見るためです。
バイアスの強さは、次のように決めました。 それぞれのルアーに「重み」を持たせ、重み = 1 + そのルアーで釣れた匹数として、重みの比で選びます。
| 状況 | Aの重み | Bの重み | Aを選ぶ確率 |
|---|---|---|---|
| まだ何も釣れていない | 1 | 1 | 50% |
| Aで1匹釣れた | 2 | 1 | 67% |
| Aで2匹釣れた | 3 | 1 | 75% |
| Aで2匹、Bで1匹 | 3 | 2 | 60% |
1匹釣れると、次にそれを選ぶ確率が50%から67%に上がるという設定です。これは私が仮に置いた値で、実際の釣り人がどれくらい偏るかは分かりません。ただ後述するとおり、この癖が強いほど結果は極端になるので、方向は変わりません。
なお以下では、2つの言葉を使い分けます。
- 成功体験の癖 — 釣れたルアーを次も選んでしまう、釣り人の側の振る舞い
- 投数の偏り — その結果として生じた、AとBの投数の差(何倍投げたか)
前者が原因、後者が結果です。
結果1:実力が同じでも、差があるように見える
表の3つの数字は、それぞれこう計算しています。
- 投数の偏り — 1回の釣行について「多く投げたほうの投数 ÷ 少なく投げたほうの投数」。それを30万回ぶん平均した値。1.00倍なら完全に均等、2.00倍なら片方を2倍投げたということ
- 釣果比 — 同じ釣行について「多く釣れたほうの全匹数 ÷ 少なく釣れたほうの全匹数」。6匹と4匹なら1.5倍、8匹と2匹なら4倍。それを30万回ぶん並べた中央値
- 2倍以上に見える確率 — 30万回の釣行のうち、上の釣果比が2倍以上だった釣行が何回あったかを数え、30万で割った割合。「片方が明らかに釣れる」と結論づけてしまいそうな釣行が、どれくらいの頻度で起きるか
なお、片方が0匹だった釣行は比が計算できません(0で割れないため)。この場合は「2倍以上」に数えました。「0匹対3匹」は明らかな差に見えるからです。こうなる釣行は1.3%でした。この扱いをやめて0匹の釣行を除いても、下の表の確率は1ポイント弱下がるだけ(厳密に交互なら36.8%が35.7%に)で、結論は変わりません。
| 厳密に交互 | 毎回コインで決める | 釣れたほうを選びやすい | |
|---|---|---|---|
| 投数の偏り(平均) | 1.00倍 | 1.05倍 | 2.49倍 |
| 釣果比(中央値) | 1.50倍 | 1.50倍 | 2.50倍 |
| 2倍以上に見える確率 | 36.8% | 36.9% | 73.3% |
| 1投あたりのバイト率 | A 1.00% / B 1.00% | A 1.00% / B 1.00% | A 1.00% / B 1.00% |
この表から読み取れることを、順に見ていきます。
投げ方を完全に均等にしても、36.8%は差が出ます。 厳密に交互に投げれば投数の偏りは1.00倍、つまり完全に公平です。それでも3回に1回以上は「片方が2倍以上釣れた」という結果になります。これは投げ方のせいではなく、純粋な偶然です。
なぜ実力が同じなのに、釣果比が1倍にならないのか
ここで引っかかるかもしれません。実力が同じなら、釣果も同じ、つまり比は1倍になるはずでは?
そうならないのが、統計の考え方の1つ目です。「実力が同じ」は「確率が同じ」という意味で、「結果が同じ」という意味ではありません。
コインを2枚用意して、それぞれ500回投げてみるとします。表が出る確率はどちらも50%で完全に同じです。それでも表の回数がぴったり同じになることは、めったにありません。247回と253回のようにずれます。
ルアーも同じです。バイト率1.0%で500投すれば期待値は5匹ですが、実際には4匹の日も6匹の日もあります。
以下は厳密に交互に投げた場合(500投ずつ、実力はどちらも1.0%)の釣果比の分布です。
| よく出る釣果比 | 全釣行のうちの割合 | 釣果の例 |
|---|---|---|
| 1.0倍(同数) | 12.9% | 5匹と5匹 |
| 2.0倍 | 10.7% | 6匹と3匹 |
| 1.5倍 | 8.7% | 6匹と4匹 |
| 1.33倍 | 6.9% | 4匹と3匹 |
| 1.25倍 | 6.5% | 5匹と4匹 |
同数(1.0倍)で終わる釣行は12.9%しかありません。 残りの87%は、実力が同じでも差がついています。6匹と4匹になるだけで1.5倍、6匹と3匹なら2倍。数が小さいと、1匹2匹の偶然の差がそのまま大きな比になります。だから中央値が1.5倍あたりに来て、2倍以上も3回に1回以上起きるわけです。
分母(投数)が同じでも、分子(匹数)が小さければ比は暴れるということです。
コインで決める場合の投数の偏りが1.05倍なのは、「平均すれば半々」でも1回ごとにはずれるからです。480対520のようになった釣行が混ざるので、平均すると1.00倍より少し大きくなります。ただ結果への影響はほとんどありません(36.8%と36.9%)。
成功体験で偏りだすと、36.8%が73.3%まで跳ね上がります。 投数が平均2.49倍も偏り、その偏りがそのまま釣果の差に化けるからです。実力がまったく同じ2つのルアーでも、4回に3回は「片方が2倍以上釣れるようにみえる」ことになります。
そして最後の行が肝心です。1投あたりのバイト率は、どの投げ方でも両方1.00%のままでした。実力は何も変わっていない。見えている差は、偶然のばらつきと投数の偏りが作ったものです。
実際の釣行がどう見えるか
「釣れたほうを選びやすい」で計算した釣行から、5回ぶんそのまま並べます。AとBの実力は同じです。
| ルアーA | ルアーB | 見た印象 | |
|---|---|---|---|
| 例1 | 408投 0匹 | 592投 3匹 | Bが釣れる |
| 例2 | 655投 5匹 | 345投 0匹 | Aが釣れる |
| 例3 | 204投 0匹 | 796投 11匹 | Bが圧勝 |
| 例4 | 665投 8匹 | 335投 1匹 | Aが圧勝 |
| 例5 | 218投 2匹 | 782投 10匹 | Bが釣れる |
例3と例4を見比べてください。 同じ実力の2つのルアーから、正反対の結論が出ています。例3だけを経験した人は「Bは圧倒的に釣れる」と言い、例4だけを経験した人は「Aだ」と言う。どちらも嘘をついていません。見たものを正直に報告しているだけです。
1投あたりで見れば例3はA 0.00%・B 1.38%、例4はA 1.20%・B 0.30%。分母を書けば、どちらも「たまたま」の範囲だと分かります。
結果2:本当に優れたルアーが負けることもある
次に、実力に差をつけました。Bのバイト率を1.5%(Aの1.5倍)にします。
| 毎回コインで決める | 釣れたほうを選びやすい | |
|---|---|---|
| 平均投数 | A 500 / B 500 | A 406 / B 594 |
| 平均釣果 | A 4.99 / B 7.49 | A 4.05 / B 8.91 |
| 劣るAのほうが釣果が多くなる確率 | 19.6% | 26.2% |
| (釣果が同数だった確率) | 8.9% | 3.4% |
Bが1.5倍優秀なのに、1000投してもAのほうが多く釣れることが2〜3割あるという結果でした。同数だった場合も足せば、「Bが優れている」と正しく結論できない釣行は3割近くあります。
この癖には良い面もあります。優れたBが自然に多く投げられるようになるので、平均釣果の差は7.49対8.91と開きます。釣果を増やすという意味では、成功体験に従うのは悪くない戦略です。
問題は評価を誤ることです。序盤に運悪くAで釣れてしまうと、そのままAを投げ続けて「Aが釣れるルアー」という結論に至ってしまう。しかも投数が偏っているので、後から見返しても気づけません。
どれくらい優秀なら、埋もれずに済むのか
1.5倍優秀でも26.2%は負ける、というのが上の結果でした(ここでの「負ける」は、その釣行での釣果がAより少なかったという意味です)。ではもっと突出していれば安全なのか。釣れたほうを選びやすい場合について、Bのバイト率を上げながら計算してみます。
| BのバイトはAの | 平均投数 A / B | Aのほうが釣果が多くなる確率 | Bのほうが投数が少なくなる確率 |
|---|---|---|---|
| 2.0倍 | 334 / 666 | 13.8% | 20.3% |
| 3.0倍 | 236 / 764 | 3.4% | 7.5% |
| 5.0倍 | 140 / 860 | 0.2% | 1.1% |
突出して優秀なら、埋もれる確率はかなり小さくなります。 3倍優秀なら負けるのは3.4%だけです。
理由は皮肉なもので、今度は成功体験の癖が味方に働くからです。よく釣れるルアーはよく釣れるので次も選ばれ、投数が増えてさらに釣れる。3倍優秀なら投数まで236対764に開きます。釣れたルアーに手が伸びるという癖は、突出して優れたものを見つける装置としてはむしろ有効に働く可能性があるのです。
ただし相手に「実績」があると、逆転します
ここが本題です。上の計算は両方まっさらな状態から始めていました。しかし現実にいちばん多いのは、Aには過去の実績があり、Bは今日はじめて投げる新品という状況です。
そこで、釣行を始める前からAに実績がある(過去に釣った匹数が重みに乗っている)状態で計算し直しました。
| 開始前にAで釣った匹数 | BのバイトはAの | 平均投数 A / B | Aのほうが釣果が多くなる確率 | Bが1000投中200投未満しか使われない確率 |
|---|---|---|---|---|
| 0匹 | 2倍 | 334 / 666 | 13.8% | 2.0% |
| 3匹 | 2倍 | 704 / 296 | 56.6% | 30.3% |
| 10匹 | 2倍 | 890 / 110 | 91.3% | 91.3% |
| 3匹 | 3倍 | 610 / 390 | 28.5% | 14.5% |
| 10匹 | 3倍 | 857 / 143 | 76.4% | 78.1% |
Aに10匹の実績があると、Bが本当に2倍優秀でも91.3%負けます。 しかも91.3%の釣行で、Bは200投も使ってもらえません。3倍優秀でも76.4%負けます。
理由は単純で、投数を勝ち取れないからです。1000投のうちBに回ってくるのは平均110投しかない。2倍優秀でも110投なら期待値2.2匹です。一方Aは890投で8.9匹。実力で負けているAが、投数で圧勝してしまうわけです。
2つの計算を並べると、構造がはっきりします。
- AもBも実績がゼロの状態から始めれば、突出して優秀なほうは自然に浮かび上がる可能性がある。 釣れれば次も選ばれ、投数が増えてさらに釣れるからです
- しかし、相手にすでに実績があると、真に優秀なほうも埋もれる可能性がある。 投数が回ってこないので、実力を示す機会そのものが与えられません
つまり成功体験の癖は、ゼロベースで新しく優れたものを見つける方向には働くのに、いったんできた順位をひっくり返す方向には働きにくい。
新製品が定番より本当に優れていても、定番に実績があるぶん、試してもらえない。一度できた評判が、実力より強くなるわけです。逆に言えば一度名作などと冠されたルアーは、その宣伝に労力をかける必要はないとも言えるかもしれません。
結果3:見分けるには何投必要か
では、きちんと見分けるには何投すればいいのか。これは統計の標準的な計算で求められます。
計算に2つの設定が必要です。言葉は硬いですが、意味は単純です。
- 有意水準5% — 本当は差がないのに「差がある」と言ってしまう誤りを、20回に1回以下に抑えるという設定。判断の誤りを避けるための慎重さの度合いです
- 検出力80% — 本当に差があるとき、それを見逃さずに検出できる確率を80%にするという設定。見落としの少なさの度合いです
この2つを満たすために必要な投数を計算します。慎重にするほど、また見落としを減らすほど、必要な投数は増えます。
1.0%と1.5%を区別するには、1つのルアーあたり約7,700投。2つ合わせて約15,500投。
これを釣行回数に換算すると、こうなります(2つ合わせて15,494投を、AとBに半分ずつ使う想定)。
| 1回の釣行の投数 | 1.0%と1.5%を見分けるのに必要な釣行回数 |
|---|---|
| 200投 | 77回 |
| 300投 | 52回 |
| 500投 | 31回 |
しかもこれは、2つのルアーを1.5倍の差で見分けるだけの話です。 手持ちのルアーが10種類あれば組み合わせは45通り。差が1.5倍より小さければ、必要な投数はさらに跳ね上がります(差が半分になると必要数は約4倍になります)。
つまりプロやルアーテスターの協力体制が整備されているような場合を除き、個人の釣行経験でルアーの優劣を判定することは、現実的に不可能だという結論になります。私の釣行回数では、まったく足りません。
ただしこれはバイト率1.0%を前提とした数字です。バイト率が高ければ必要な投数は減ります。その影響は後の「この計算の限界」で扱います。
なぜそれでも「良く釣れるルアー」の話が広まるのか
ここからは私の考えです。少なくとも4つの仕組みが重なっていると思います。
1. 分母が記録されない。 釣果は写真に残りますが、投数は誰も数えていません。分子だけが記録され、分母は消える。
2. 成功体験の癖が自己強化する。 上の計算のとおりで、釣れたルアーを投げるほど、そのルアーの釣果が積み上がる。確信が深まるほど、検証に必要な公平さから遠ざかっていくという構造です。
3. 語られるのは成功だけ。 「Aで釣れた」は共有されますが、「Aを300投したが釣れなかった」はあまり共有されません。次項につながりますが、共有されたとしても声(発信力)が小さい。ネット上に集まるのは分子ばかりです。
4. 声の大きさが均等ではない。 ここが現実の厄介なところで、ネット上では発信力の大きい人の経験が、他の何百人ぶんよりも目につきます。フォロワーの多い人、有名メーカー、露出の多い媒体、上位に表示される記事。その1人の釣果が、実質的に何百人ぶんの重みで広まります。
つまり集計されているのは「多くの人の経験」ではなく「声が届いた人の経験」です。しかもその1人の投数も、やはり記録されていません。
これが集団の規模で起きると、たまたま最初に売れて多く投げられたルアーが「釣れるルアー」の評判を得て、さらに売れるという循環になります。実力の差ではなく、投数の差が評判を作っている可能性があります。
売る側からすれば、この循環に乗ったルアーは強い資産になります。「良く釣れる」という評判が、実力の証明ではなく投数の偏りの産物でもありうることは、頭の片隅に置いておいてよいと思います。
では、どうするか
正直に言うと、ふつうの条件では、個人が厳密に検証するのは難しいです。上の計算のとおり投数が足りません。
そのうえで、できることはあると思います。
「投げた回数」を意識するだけでも違います。 数えなくていいので、「今日はこのルアーばかり投げていたな」と気づくだけで、結論の出し方が変わります。「Aで釣れた」ではなく「Aを多く投げていて、Aで釣れた」と考えられれば、それは十分な進歩です。
判断を保留する。 1回や2回の釣果でルアーを評価しない。逆に、釣れなかったルアーを見捨てない。ローテーションの記事に書いた「10投で替える」も、評価ではなく単なる手順として扱うほうが健全です。
自分のログを疑う。 私の釣行ログは3本すべて「動きが変わった瞬間に食った」と書いていますが、これも同じ癖の上にあります。変化をつけても食わなかった投数は記録していません。リアクションバイトの記事でその点を断ったのは、この計算をする前から気になっていたからです。
ルアー選びの基準を、釣果から別のものに移す。 飛距離、レンジ、動きの質、根掛かりにくさ。これらは1投でも確かめられます。「釣れる」という漠然とした評価より、測れる性質で選ぶほうが、少ない経験でも判断できます。
この計算の限界
模擬計算はかなり単純化しています。
現実のバイト率は一定ではありません。 場所、時間、潮、ベイト、魚の活性で大きく変わります。ここでは「同じ状況で2つを比べる」という理想的な条件を置いていますが、実際には状況が動くので、現実はもっと見分けにくいはずです。
「釣れたルアーを選びやすい」の程度は、私が仮に置いたものです。 実際にどれくらい偏るかは人によって違います。ただ、癖が強いほど結果1の73.3%はさらに上がるので(下記で確かめました)、方向は変わりません。
バイト率1.0%という値も仮定です。 そしてここは、値によって結論が変わります。バイト率が高いほど、必要な投数は減るからです。
結果3では「バイト率1.0%と1.5%を見分けるには15,494投」と計算しました。この投数は、バイト率が高いほど少なくて済みます。 同じ「1.5倍の差」でも、バイト率が2%と3%の勝負なら、1%と1.5%の勝負より早く決着がつくということです。
下の表は、その1.5倍の差を統計的に見分けるのに必要な投数を、バイト率別に並べたものです(有意水準5%・検出力80%の条件は結果3と同じ)。
| Aのバイト率 | Bのバイト率 | 見分けるのに必要な投数(A+B) | 1つあたり | 300投の釣行に換算 |
|---|---|---|---|---|
| 1% | 1.5% | 15,494投 | 7,747投 | 52回 |
| 2% | 3% | 7,645投 | 3,822投 | 26回 |
| 5% | 7.5% | 2,935投 | 1,468投 | 10回 |
| 10% | 15% | 1,366投 | 683投 | 5回 |
10投に1回バイトが出るような日が続けば、5回の釣行で1.5倍の差を見分けられる計算になります。つまり「絶対に無理」ではなく、荒食いしている条件なら可能性はあるということです。
ただし、そういう日が2つのルアーで同じように続くことが前提です。ひとつ上に書いたとおり現実のバイト率は一定ではないので、この見積もりは楽観的な側だと考えてください。
整理すると、バイト率が高いことは見分けやすくする方向に働き、条件が動くことは見分けにくくする方向に働きます。両方が同時に起きるのが現実なので、どちらに転ぶかは一概には言えません。
なお「癖が強いほど極端になる」というのは、実際に計算して確かめました。癖の強さを変えると、こうなります。
| 1匹釣れたときに次を選ぶ確率 | 投数の偏り | 2倍以上に見える確率(結果1と同じ指標) |
|---|---|---|
| 60%(弱い癖) | 1.71倍 | 64% |
| 67%(記事で使った設定) | 2.49倍 | 73% |
| 75%(強い癖) | 4.18倍 | 82% |
| 83%(かなり強い癖) | 7.37倍 | 89% |
癖を弱めても64%、強めれば89%。どの設定でも「実力が同じなのに差が見える」という結論は変わりません。
そもそも「1投」は同じ大きさの単位ではありません。 ここが実は一番深い問題で、参照した解説にもCPUEの問題点として挙げられていました。CPUEは「まったく同じ竿で、技術もまったく同じ人が」という前提で成り立つ指標ですが、現実の漁業ではその前提が満たされない。船の性能も乗組員の経験も違うので、努力量が「見かけ」とは違う、というのです。
釣りに置き換えると、もっと当てはまります。
- 飛ぶルアーの1投は、飛ばないルアーの1投より広い範囲を通しています。 探った水の量が違うのに、どちらも「1投」と数えている
- 同じ1投でも、良いコースを通した1投と、外した1投は価値が違う
- 上手くなれば1投の質は上がるので、同じ人でも1年前の1投と今の1投は違う
つまり分母を「投数」に揃えても、まだ公平ではありません。水産学ではこれに対して、場所や季節や船の性能といった条件の影響を統計モデル(GLM)で取り除く「CPUE標準化」という手法を使います。ただ、それをやるには条件を記録したデータが大量に必要で、個人の釣行記録では到底足りません。
この記事は「投数を無視するな」という話でしたが、投数を数えたところで話は終わらない、ということになります。
そして、この記事はルアーに差がないと言っているのではありません。 差はあると思います。言えるのは、その差を釣果の数だけで判定するのは無理、ということだけです。
とはいえ、釣りは遊びです
最後に自分の立場を書いておきます。
統計だの分母だのを気にせず、いわゆる釣れるルアーを使うのもよし。扱いやすさで選ぶのもよし。造形やカラーのかっこよさで選ぶのもよし。好きなメーカーのルアーを選ぶもよし。推しプロ監修のルアーを選ぶもよし。製品名の響きで選ぶもよし。泳ぎ方の好みで選ぶもよし。値段で選ぶもよし。口コミに流されるもよし。とにかくお気に入りのルアーで釣りを楽しむのが一番いいと思っています(実際に私はそうしています)。
しかもこれは、この記事の内容と矛盾しません。個人の経験でルアーの優劣を測ることはできない、というのが結論でした。だとすれば、「釣果で選ぶ」という選び方も、実は根拠を持てていないことになります。根拠がないもの同士なら、好きな見た目で選んでも、まったく引け目を感じる必要がないわけです。むしろ、投げていて気分のいいルアーのほうが長く投げ続けられ、使い方の経験も蓄積するので、結果的に釣れるかもしれません。
また、釣れたことのないルアーで挑戦して、釣果を上げるのもまた格別の楽しさがあります。実績のあるルアーに手が伸びるのが自然だからこそ、そこを外して1本出したときの嬉しさは別物です。
このサイトではときに統計などの力を借りて分からないものの輪郭をほんの〜り掴んで、次に立つときに考える材料、釣りを楽しむ材料を増やしたいと考えています。
参考にした資料
- 我が国周辺の水産資源(水産庁)— 漁獲量が努力量に強く左右されるため、CPUEを指標として用いること
- CPUE(Logics of Blue)— 単位努力量あたり漁獲量という考え方の解説と、その問題点(努力量が「見かけ」と違うこと、CPUE標準化)
- 統計数理「水産資源解析における統計モデリング」(PDF)— CPUE標準化の考え方と、漁業がデザインされた実験ではないという問題
- 模擬計算は乱数を使った単純なモデルで、条件は本文中に記載したとおりです。1回の釣行は1000投としています。繰り返し回数は箇所によって異なり、釣果のばらつきを示した表は2万回、結果1の表は30万回、結果2は2万回、結果2に続く2つの表は4万回で集計しました(回数が多いほど数字が安定します)。続く2つの表は同一の計算から取り出しているので、共通する条件の数値は一致します
- 必要な投数の計算は、2つの比率を比べるときの標準的な式(有意水準5%・検出力80%)を用いています