潮の高さを式で書く:平衡潮汐論と、シミュレーターの中身

潮汐シミュレーターが裏側でやっている計算を最後まで開きます。起潮力がなぜ距離の3乗に反比例するのか、なぜ (3cos²ψ−1)/2 という形が出てくるのか、そして日潮不等がその式のどこから生まれるのかを、数式を使って追いかけます。

潮汐シミュレーターは、月と太陽の位置から潮位カーブを組み立てています。この記事では、その裏側で何を計算しているのかを最後まで開きます。

数式が出てきますが、飛ばしても筋は追えるように書きます。 結論だけ先に言うと、潮の高さは次の1行でほぼ決まります。

潮の高さ ∝ (3cos²ψ − 1) / 2

ψ(プサイ)は、その天体が空のどこにあるかを表す角度です。この短い式の中に、1日2回の満潮も、季節による変化も、前の記事で扱った日潮不等も、すべて入っています。

起潮力は「引力」ではなく「引力の差」

まず出発点です。月が海水を引っぱるから潮が満ちる、というのは半分しか正しくありません。

月の引力は距離の2乗に反比例します。地球の中心から見ても、地表の一点から見ても、月までの距離はほとんど同じです。だから引力そのものはどこでもほぼ同じ大きさで、それだけでは海面は変形しません

効いてくるのはです。月に面した側は月に近いぶん引力がわずかに強く、反対側はわずかに弱い。地球全体が月に引かれて落ちていく中で、近い側は「余分に引かれ」、遠い側は「取り残される」。この差が海面を両側に引き伸ばします。

地球の半径を a、月までの距離を d として、引力の差を計算すると、

引力の差 ≈ (GM/d²) × (2a/d) = 2GMa / d³

距離の3乗に反比例します。もとの引力は2乗だったのに、差を取ると3乗になる。ここが潮汐の要です。

この違いは数字にすると劇的です。地球にかかる引力は、太陽のほうが月より179倍も大きい。ところが起潮力を計算すると、太陽は月の0.46倍しかありません。太陽は遠いので、距離の3乗で不利を負うわけです。潮汐で月が主役なのは、近いからです。

潮汐ポテンシャルと、あの形の正体

力を直接扱うより、ポテンシャルで考えるほうが簡単です。潮汐力を生むポテンシャルは、天体の方向とのなす角 ψ を使って次のように書けます。

V₂ = − (G M a²) / d³ × (3cos²ψ − 1) / 2

この (3cos²ψ − 1)/2ルジャンドル多項式の2次のもので、P₂(cos ψ) と書かれます。潮汐ポテンシャルを距離の比 a/d で展開したときの主要項が、これにあたります。

形を見てみましょう。

  • ψ = 0°(天体が真上): cos ψ = 1 なので P₂ = 1。最大
  • ψ = 90°(天体が地平線): cos ψ = 0 なので P₂ = −0.5。最小
  • ψ = 180°(天体が真裏): cos ψ = −1 なので P₂ = 1。また最大

真上と真裏の両方で最大になります。 これが「潮の膨らみが地球の両側にできる」ことの数学的な表現です。cos が2乗されているので、向きの符号が消えるわけです。1日に2回の満潮が来る理由が、この2乗に入っています。

平衡潮汐論:海面がポテンシャルに従うと仮定する

ここで大胆な仮定を置きます。海が地球全体を一様に覆っていて、大陸も島もなく、摩擦もなく、海面は常にポテンシャルに追従して静かに変形する。これが平衡潮汐論です。

この仮定のもとでは、海面の持ち上がり η(イータ)は、ポテンシャルを重力加速度 g で割ったものになります。

η(ψ) = (M / Mₑ) × (a / d)³ × a × (3cos²ψ − 1) / 2

M は天体の質量、Mₑ は地球の質量です。実際の値を入れて計算してみます。

天体係数真上または真裏(ψ=0°)地平線の方向(ψ=90°)全振幅
35.7 cm+35.7 cm−17.8 cm53.5 cm
太陽16.4 cm+16.4 cm−8.2 cm24.6 cm

そして太陽と月の比は 16.4 ÷ 35.7 = 0.460。シミュレーターで太陽を月の0.46倍として足しているのは、この計算から来ています。手で置いた数字ではありません。

ここで大事な数字が出ました。平衡潮汐論が予言する潮の振れ幅は、月と太陽を合わせても1メートル足らずです。この点は後で効いてきます。

ψ をどう計算するか

シミュレーターが実際に扱うのは、観測地点の緯度 φ、天体の赤緯 δ、そして時角 H(その天体が真南に来てからどれだけ回ったか)です。球面三角法から、

cos ψ = sin φ · sin δ + cos φ · cos δ · cos H

時角 H は時間とともに1時間で15度ずつ進みます。これを P₂ に代入すれば、1日の潮位カーブが出てきます。

展開すると、3つの成分が現れる

ここからが面白いところです。上の cos ψ(3cos²ψ − 1)/2 に代入して整理すると、3つの項にきれいに分かれます

(3cos²ψ − 1)/2
  = (3/2)[ sin²φ·sin²δ + (1/2)cos²φ·cos²δ ] − 1/2    ← 長周期の項(H を含まない)
  + (3/4) · sin2φ · sin2δ · cos H                      ← 日周潮(1日に1周期)
  + (3/4) · cos²φ · cos²δ · cos 2H                     ← 半日周潮(1日に2周期)

(この分解が正しいことは、乱数で2000通りの角度を入れて直接計算と比べ、最大誤差 7×10⁻¹⁶ で一致することを確かめました。)

3つの項の意味はこうです。

長周期の項H を含まないので、1日の中では変化しません。月や太陽の赤緯がゆっくり変わるのに応じて、平均水位をわずかに上下させるだけです。

半日周潮cos 2H なので、1日に2周期。これが「1日2回の満潮」の本体です。係数は cos²φ · cos²δ で、赤緯 δ に対して cos の2乗なので、月がどこにあっても符号が変わらず、消えません。

日周潮cos H で1日1周期。係数が sin 2φ · sin 2δ である点が決定的です。

緯度36.3度・月の赤緯マイナス23.4度の場合の3成分。上段の半日周潮は1日2回で振幅0.41、中段の日周潮は1日1回で振幅0.52、下段はその和で2つの満潮の高さが揃わない
半日周潮に日周潮が重なると、2回の満潮の高さが揃わなくなる

日潮不等は、この係数から生まれる

日周潮の係数 sin 2φ · sin 2δ を見てください。

δ = 0 のとき、つまり月が赤道の真上にあるとき、この項はゼロになります。 日周潮が消え、半日周潮だけが残る。だから1日2回の満潮が同じ高さになります。

δ が大きくなると、この項が育ちます。 半日周潮に日周潮が重なると、片方の満潮が持ち上げられ、もう片方が押し下げられる。これが日潮不等の正体です。

そして sin 2φ があるので、φ = 0(赤道)でも日周潮は消えます。緯度が上がるほど日周潮の割合が増え、ある緯度を超えると日周潮が半日周潮を上回って、満潮が1日1回しかない状態になります。

シミュレーターで緯度スライダーを動かすと、赤道では2回の満潮がぴったり揃い、70度あたりで満潮が1回になるのは、この式のとおりです。

大洗(北緯36.3度)での係数を計算してみます。

条件日周潮の係数半日周潮の係数
秋分の満月(δ ≈ 0°)0.0000.487
夏至の満月(δ = −23.4°)−0.5220.410
赤道での観測(φ = 0°)0.0000.636

秋分の満月では日周潮の係数がちょうどゼロ。夏至の満月では半日周潮に匹敵する大きさになります。前の記事で潮位データから見つけた季節変化は、この2つの数字の差だったわけです。

シミュレーターがやっていること

以上をまとめると、シミュレーターの計算は次の手順です。

  1. 日付から太陽の黄経を近似式で求める
  2. 月齢から月の黄経を求める(太陽の黄経に、月齢に応じた角度を足す)
  3. それぞれの黄経を、黄道傾斜角23.44度を使って赤緯と赤経に変換する
  4. 時刻から時角を求める。太陽は Hs = 15(t − 12) 度、月は赤経の差だけずらして Hm = Hs − (αm − αs)
  5. 月と太陽それぞれで (3cos²ψ − 1)/2 を計算し、太陽を0.46倍して足す
  6. それを24時間ぶん並べたものが、右側の潮位カーブ

左側の図の膨らみは、地球の中心からの距離を r(θ) = R × (1 + K · P₂(θ − δ)) として描いています。K見やすさのための誇張率です。実際の比率で描くと、地球の半径6371kmに対して膨らみは35cmなので、線の太さの100万分の1以下になって見えません。

簡略化している点を正直に挙げておきます。

  • 月は黄道上を回るものとして扱っています。 実際の月の軌道は黄道から約5.1度傾いているので、月の赤緯は最大で±28.5度、最小で±18.3度まで変わります。この記事とシミュレーターでは、話を単純にするためこれを省いています
  • 月と地球の距離を一定としています。 実際は約36万kmから41万kmまで変わり、起潮力は距離の3乗で効くので30%ほど変動します
  • 時角の計算も近似式です。分単位の精度は求めていません

なぜ実際の潮位と合わないのか

ここまでの話は美しいのですが、現実とは大きく食い違います

平衡潮汐論が予言する振れ幅は、月と太陽を合わせても1メートル足らずでした。ところが実際には、全国239地点を調べた記事で見たように、有明海では5メートル近く、日本海側では20センチ程度と、場所によって20倍以上も違います

理由は、平衡潮汐論の「海面が常にポテンシャルに追従する」という仮定が成り立たないからです。

海面が追従するためには、潮の膨らみが地球の自転に合わせて西へ移動し続ける必要があります。その移動速度は、緯度36度でも時速1348km。一方、海の波が伝わる速さは水深で決まり、√(g × 水深) で計算できます。

水深波が伝わる速さ
4000 m(外洋)時速 713 km
200 m(大陸棚)時速 159 km
20 m(内湾)時速 50 km

外洋でも、波は自転にまったく追いつけません。 追いつけないまま、大陸にぶつかり、海盆の中で反射し、共振し、摩擦で遅れる。実際の潮汐は、その結果として現れる動的な現象です。ラプラスが定式化した動的潮汐論が扱うのはこちらで、実際の潮位表もこの考え方に基づく調和分解から作られています。

だからシミュレーターの図は、実際の潮位そのものではありません。「もし海が理想的だったらこうなる」という骨格です。それでも、季節と月の位置から潮の「形」が決まるという部分は、この骨格で説明できます。前の記事で潮位データから見つけた日潮不等の季節変化が、まさにそれでした。

理想モデルで形を理解し、実際のずれは潮見アプリの実データで確かめる。この2つを行き来するのが、いまのところ私にできる一番良い方法だと思っています。

参考にした資料