飛距離は本当に有利なのか

飛距離を売りにするルアーは多く、遠投は正義とも言われます。直接調べた研究が見つからなかったので、遭遇率のモデルを立てて計算しました。1投あたりと1時間あたりで、答えが変わります。

この記事の見出し

遠投は正義。ルアーの説明文には飛距離がまず書かれ、重心移動システムなどもそのためにあります。

では、飛距離は釣果にどれだけ効くのか。

直接調べた研究は見つけられませんでした。そこで、仮定を置いて計算します。

この記事の計算は私がやったものです。論文の紹介ではありません。置いた仮定はすべて明示します。

調べた範囲では、研究がありません

「飛距離と釣果の関係を調べた研究」を探しましたが、見つかりませんでした。

近いものはあります。釣り人の位置と釣獲率の関係を調べた研究、釣り人がどれだけ移動するかを調べた研究。どちらも釣り場のスケールの話で、1投の距離の話ではありません。

そしてパイクの実験で紹介した論文の結論は、最も効くのは投じた時間と場所選びで、道具による追加の効果は中程度というものでした。飛距離はそこに含まれていません。

「探せる範囲が広がる」を式にします

このサイトでもランガンの記事に「飛距離が出る — 探せる面積がそのまま情報量になる」と書きました。まずこれを数式にします。

ルアーを1投すると、着水点から手前まで一直線に戻ってきます。その道すじの左右、ある幅の中にいる魚だけが、ルアーに気づきます。

その幅を片側 r メートルとすると、1投で通る帯の面積はこうなります。

1投で掃く面積 = 2 × r × 飛距離

飛距離に比例します。飛距離を2倍にすれば、掃く面積も2倍。「探せる範囲が広がる」は、この意味では完全に正しいです。

r がいくつなのかは分かりません。ベイトを感じ取る仕組みの記事で見たとおり、視覚は明るくても1 m前後、側線は体長の1〜2倍で実際には数cm程度とされています。

ただし、この記事の結論に r は効きません。飛距離を変えたときの比を見るので、割り算で消えるからです。分からない数字を、分からないまま扱えます。

1投あたりと、1時間あたりで、答えが変わります

ここがこの記事の中心です。

釣りは投数ではなく時間で区切られています。1時間で何平方メートル掃けるかを見ると、話が変わります。

1投にかかる時間は2つに分かれます。

1投の時間 = 巻き取り以外の時間 + 飛距離 ÷ 巻き速度

巻き取り以外の時間は、キャスト動作、着水、糸ふけを取って巻き始めるまで。ここは飛距離と関係なく毎回かかります。仮に10秒とします。

巻き速度は毎秒0.8メートルとします。ウォブリングとローリングの記事で紹介した実験が、実釣の巻き取り速度を計測して毎秒0.4〜0.8メートルに設定していた、その上限です。

割り算すると、こうなります。

1時間あたりに掃く面積 = 2 × r × 巻き速度 × 飛距離 ÷ (巻き速度 × 巻き取り以外の時間 + 飛距離)

計算した結果です。r = 1メートルとして絶対値も出しましたが、見てほしいのは右端の比です。

飛距離1投で掃く面積1投の時間1時間あたりに掃く面積20 mを100とした比
10 m20 m²22.5 秒3,200 m²78
20 m40 m²35.0 秒4,114 m²100
30 m60 m²47.5 秒4,547 m²111
40 m80 m²60.0 秒4,800 m²117
50 m100 m²72.5 秒4,966 m²121
60 m120 m²85.0 秒5,082 m²124
80 m160 m²110.0 秒5,236 m²127

1投あたりの面積は、飛距離に比例して増えます。20 mから80 mで4倍。

1時間あたりの面積は、27%しか増えません。

飛距離を2倍にしたときの伸びを取り出すと、こうです。

飛距離を1時間あたりの面積
15 m → 30 m+21%
20 m → 40 m+17%
30 m → 60 m+12%
40 m → 80 m+9%

飛距離を2倍にして、探索効率は1割前後しか上がりません。そしてもともと飛んでいるほど、伸びしろが小さくなります。

なぜ頭打ちになるのか

遠くへ投げたぶん、巻いてくる時間も長くなるからです。

飛距離が伸びると、掃く面積は増えます。同時に、その1投にかかる時間も増えます。両方が同じように増えるので、割り算すると打ち消し合います。

打ち消し合わずに残るのは、「巻き取り以外の時間」だけです。キャスト動作や糸ふけ取りは、飛距離に関係なく毎回かかる。遠投は、この固定費を薄める効果を持ちます。

固定費が薄まりきる距離は、巻き速度 × 巻き取り以外の時間で決まります。毎秒0.8メートル、10秒なら、8メートルです。

8メートルを超えたあたりから、もう固定費はほとんど薄まっています。そこから先で伸びるのは、残りわずかな分だけです。

この境目は、条件で動きます。

変えるもの40 m→80 m での伸び
巻き取り以外が5秒+5%
巻き取り以外が10秒+9%
巻き取り以外が20秒+17%

手返しが悪い人ほど、遠投の価値が上がります。キャストに手間取る、糸ふけ処理に時間がかかる。その固定費が大きいほど、1投を長く使ったほうが得になるからです。

逆に言えば、手返しを速くすると、遠投の価値は下がります。

扇状に投げても、同じ結果になります

帯として計算したので、扇状に投げて塗りつぶす場合はどうかを確かめました。

半円を塗りつぶすと考えると、面積は飛距離の2乗に比例します。倍飛ばせば4倍の面積です。ただし、塗りつぶすのに必要な投数も飛距離に比例して増えます。

飛距離塗りつぶす面積必要な投数かかる時間1時間あたり
20 m628 m²31 投18 分2,057 m²
40 m2,513 m²63 投63 分2,400 m²
80 m10,053 m²126 投230 分2,618 m²

40 mから80 mで +9%。帯で計算したときとまったく同じ比率になりました。

面積が4倍になっても、時間も4倍かかるので、効率は変わりません。結論はモデルの形に依存しませんでした。

ここまでの前提が崩れる場合

上の計算は、魚がどこにでも同じ密度でいると仮定しています。

この仮定が崩れると、答えがまったく変わります。

魚が岸から一定の距離に寄っているとします。仮に、岸からの距離が平均25メートル、ばらつきが標準偏差10メートルの正規分布だとします。

このとき、飛距離Dで届く範囲に入る魚の割合はこうなります。

飛距離届く範囲に入る魚の割合20 mを1としたとき
10 m6.7%×0.22
20 m30.9%×1.00
30 m69.1%×2.24
40 m93.3%×3.02
50 m99.4%×3.22

20 mから40 mで3倍です。面積で計算したときの+17%とは、桁が違います。

魚がもっと沖にいる場合は、さらに極端になります。平均40メートル、標準偏差10メートルとすると、こうです。

飛距離届く範囲に入る魚の割合20 mを1としたとき
20 m2.3%×1.00
30 m15.9%×7.0
40 m50.0%×22.0
50 m84.1%×37.0

20 mから40 mで22倍。ここでは飛距離がすべてです。

そして、飛距離が魚のいる範囲を超えたあとは、また効かなくなります。上の表の例 (魚の平均が40 m) で、50 mから60 mに伸ばしても、届く魚はもう1割ちょっとしか増えません。

つまり、飛距離の価値は「届いているかどうか」で決まります

2つの計算を並べると、こうなります。

状況飛距離を2倍にすると
魚がどこにでも同じようにいる+1割程度
魚が届かない場所にいる数倍から数十倍
魚が届く場所にいて、その先にはいないほぼ変わらない

飛距離は「広く探るための道具」ではなく、「届くか届かないかを決めるスイッチ」として効きます。

そしてスイッチは、入ったらそれ以上入りません。

回遊してくる魚を待つ場合は、別の話になります

もう1つ、上の計算が扱っていないことがあります。魚が動くことです。

上のモデルは、魚が止まっていて、ルアーが探しに行く形で書いています。シーバスは回遊します。

魚のほうが動いているなら、遭遇の回数を決めるのは「ルアーが掃いた面積」ではなく「魚が通る筋にルアーがあったかどうか」です。

この場合、飛距離より立ち位置と時間帯が効くはずです。これはパイクの実験の結論、最も効くのは投じた時間と場所選びとも向きが合います。

ただし、これは私の推測です。回遊する魚に対して飛距離がどう効くかを計算した資料は持っていません。

その差を、釣行で確かめられるか

確かめられません。

「良く釣れるルアー」の正体と同じ計算をします。バイト率1.0%を基準に、40メートルから80メートルへ飛距離を倍にして遭遇が+9%増えたとします。

1.00%と1.09%を区別するには、合計39万投が必要でした。1日500投として、786日かかります。

一方、遭遇が2倍になる場合、つまり届かなかった場所に届くようになる場合は、こうです。

1.00%と2.00%の区別に、合計4,600投。1日500投なら9日。

これは現実的な数字です。

言い換えると、こうなります。

  • 飛距離が「広く探る」ために効いているなら、その効果は一生かかっても確かめられません
  • 飛距離が「届く」ために効いているなら、10日ほどで気づけます

遠投して釣れた経験があるなら、それは後者の場面だった可能性が高いです。

飛距離には代償があります

ここまでは利益の側だけを見ました。失うものもあります。

1つめ。ルアーの選択肢が狭まります。遠浅の記事に書いたとおり、飛距離を稼げるメタルジグやバイブレーションは着底が早く、浅い場所では使いにくい。飛ぶことと、狙ったレンジを引けることは、両立しにくい関係にあります。

2つめ。動きが制約されます。リップの記事で見たとおり、深く潜ることと深さが安定することは両立しませんでした。飛距離も同じ枠の中にあります。細く重くすれば飛びますが、それは水中での姿勢と動きを決めてしまいます。

3つめ。手前の魚を散らす可能性があります。叩かれた場所の記事と遠浅の記事に書いたとおり、手前の魚を散らすと群れ全体が警戒します。遠投すると、ルアーは必ず手前を通って戻ってきます。そして遠くで掛けた魚は、手前を横切らせて寄せることになります。

4つめ。1投が長くなります。上の表のとおり、80 mのキャストは1投110秒。20 mなら35秒です。反応がなかったときに次の手を試すまでの時間が、3倍かかります。

それで、どう考えるか

「とりあえず飛ぶルアー」という選び方は、計算の上では支持されませんでした。

魚が届く範囲にいるなら、飛距離を伸ばしても1割です。その1割のために、レンジと動きの自由度を捨て、1投を長くすることになります。

一方、届いていないことが分かっているなら、飛距離がすべてです。サーフの沖のブレイク、対岸のシェード、離れた潮目。そこに届かないルアーは、何をしても0です。

だとすると、判断すべきは「飛ぶかどうか」ではなく「いま届いているかどうか」になります。

そして届いているかどうかは、投げてみないと分かりません。ここは堂々巡りに見えますが、遠浅の記事に書いた「手前から順に探る」がそのまま答えになります。手前を潰してから前に出る、届く範囲を使い切ってから飛距離を足す。順序が決まっていれば、届いていないことに気づけます。

風の日は、話が変わります。風向きの記事で計算したとおり、向かい風10 m/sで飛距離は無風の75%まで落ちます。元が40 mなら30 m。届いていた場所に届かなくなるなら、それはスイッチが切れることを意味します。風の日ほど、飛距離の予備が効きます。

この記事で置いた仮定

計算に使った数字を、全部並べます。

置いた値根拠
巻き速度 毎秒0.8 m回流水槽の実験が実釣速度として設定した範囲の上限
巻き取り以外の時間 10秒根拠なし。私が置いた値
ルアーに気づく距離 1 mprey-detection の視覚の値。ただし結論には効かない
魚の分布 平均25 m・標準偏差10 m根拠なし。分布の形を見るために置いた値
バイト率 1.0%lure-catch-rate と同じ仮の値

根拠のある数字は、巻き速度だけです。残りは仮定です。

そのうえで、結論の向きは仮定を変えても動きませんでした。巻き取り以外の時間を5秒から20秒まで振っても、40 mから80 mの伸びは5%から17%の範囲でした。「2倍飛ばして数割」という桁は変わりません。

分かっていないこと

飛距離と釣果の関係を直接調べた研究は、見つけられませんでした。この記事は全部が計算です。

ルアーに気づく距離が実際にいくつかは分かりません。比を見ているので結論には効きませんが、1時間あたり何平方メートルという絶対値のほうは、この値次第で何倍にも変わります。

魚が動く場合を計算していません。回遊魚を待つ釣りでは、モデルの前提そのものが合いません。

掛かった魚が周りに与える影響を入れていません。遠くで掛けて手前を横切らせることの損失は、計算していません。

ラインの長さがフッキングに与える影響も入れていません。長いほど不利という可能性もありますが、測った資料を見つけられませんでした。

魚の分布の形は、完全に仮定です。正規分布である根拠はありません。実際の分布が分かれば、飛距離の価値はその場で計算できます。逆に言えば、この記事が示せたのは「分布の形が答えを決める」ということだけです。

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使ったもの・参考文献