「時合カレンダー」を公開しました:バチ抜けはなぜ大潮の夜に起きるのか

潮・月・季節・天気を1枚に並べるカレンダーを作りました。総合点をつけない理由と、一番あやふやな列である「季節の目安」について、バチ抜けの正体からシーバスの産卵期まで調べたことをまとめます。

時合カレンダーを公開しました。釣行日を選ぶときに見る条件を1枚に並べたものです。

  • 潮の動き(その夜の潮位変化速度の最大値)
  • 潮回り(大潮・中潮・小潮など)
  • 月明かりのない時間
  • 日没後の満潮の時刻
  • 季節の目安(その時期に語られるベイトパターン)
  • 天気(気象庁の予報)

作るときに決めたことがひとつあります。総合点や星の数はつけない、ということです。

なぜ点数にしないのか

潮を何点、月明かりを何点と配点して合計すれば、「今日は85点」という分かりやすい数字が出せます。作るのも簡単です。

やらなかった理由は単純で、その配点に根拠がないからです。潮の動きと月明かりのどちらをどれだけ重く見るべきかは、調べても答えが出ていません。月明かりの記事に書いたとおり、明るい夜がいいのか暗い夜がいいのかすら結論が出ていない状態です。

そこに数字を割り振った瞬間、根拠のない重み付けが「85点」という顔をして出てくることになります。条件を並べて、判断は使う人に返す。 それがこのカレンダーの立場です。

一番あやふやな列は「季節の目安」

6つの列のうち、潮・月・日没の関係は公開データと天文計算から求めた値で、比較的しっかりしています。天気は予報なので、日が近いほど当たります。

問題は季節の目安です。「4月はハク・稚アユ」「10月は落ちアユ・コノシロ」といった月ごとのラベルですが、これは地域差も年差も大きく、月単位のおおよその見当にすぎません。カレンダー上でも、この列だけ小さな文字にして、精度が違うことを明示しています。

ただ、あやふやだからこそ調べてみたら、面白いことが分かりました。

「バチ抜け」は、ひとつの現象ではない

まず「バチ抜け」の正体です。バチとは多毛類(ゴカイの仲間)のことで、産卵のために泥から抜け出し、水面近くを泳ぎ回る行動を指します。このとき体つきまで変わり、剛毛が舟の櫂のような形になって泳ぎやすくなる、と説明されています。普段は底の泥に潜っている生き物が、産卵のときだけ泳ぐ姿に変身するわけです。

ここで意外だったのが、種によって時期がまったく違うことでした。

生殖のために群泳する時期
カワゴカイ属(いわゆるゴカイ)11月〜2月ごろ
イトメ(日本パロロ)秋(10月〜12月ごろ)
アシナガゴカイ5月〜7月がメイン

厳密には「バチ抜け」はイトメの生殖群泳を指す言葉で、他の種が群泳するのは単に「生殖群泳」と呼ぶのが本来だ、という指摘もあります。ただ釣りの世界では、多毛類全般の群泳をまとめてバチ抜けと呼ぶのが定着しています。

つまり釣り人が「バチ抜け」と呼んでいるものは、時期の違う複数種の産卵行動をひとまとめにした呼び名なのです。関東で1〜6月、九州で12〜4月といったように地域で時期がばらつくのも、年によってずれるのも、当然ということになります。単一の現象ではないものに、ひとつのシーズンを当てはめようとしているわけですから。

なぜ大潮の夜の満潮に起きるのか

ここが今回いちばん面白かったところです。

釣りの解説では「バチは大潮・中潮の満潮後、下げが動き始めるタイミングで抜けやすい」とよく言われます。経験則として広く共有されている話ですが、その裏付けになる記述が、干潟の多毛類を扱った研究論文にありました。

干潟の多毛類の多様性についてまとめた論文(鹿児島大学・佐藤正典)に、ゴカイ科の数種は特定の季節の夜間の大潮満潮時に同調した生殖群泳を行い、その同調のためには夜の月の明るさの周期的な変化にさらされることが必要らしい、と書かれています。

これは示唆に富みます。ゴカイたちは潮位そのものだけでなく、月明かりが満ち欠けする周期を手がかりにして、産卵のタイミングを合わせているということになります。夜ごとの明るさの変化が、群れ全体の体内時計を揃えるシグナルとして働いている。

そう考えると、時合カレンダーに並べた条件の意味が変わってきます。

  • 潮回り — 大潮かどうか
  • 日没後の満潮 — 夜間の満潮がいつ来るか
  • 月明かりのない時間 — 月の明るさが今どの段階にあるか

この3つは、私が釣り人の都合で選んだ指標のつもりでした。しかし実際には、バチという生き物が産卵の同調に使っている手がかりそのものだったわけです。並べる理由が、経験則から一段深いところに移った気がします。

月明かりカレンダーを作ったときは、月明かりを「魚が見えるか見えないか」の話だと思っていました。そうではなく、エサになる生き物の暦としても効いている。ここは自分の中でつながっていなかった部分です。

なお、時合カレンダーの「バチ抜け条件」の印は、こうした話をふまえて シーズン内 かつ 大潮または中潮 かつ 日没から3時間以内に満潮 という3条件で出しています。印がない日に抜けないという意味ではありません。小潮や若潮でも抜けることはありますし、そういう日は釣り人が少ないぶん有利だという指摘もあります。

魚の側にも、季節の理由がある

ベイトだけでなく、シーバス自身の生活史も季節を作ります。

スズキの産卵期は秋の終わりから春先で、沿岸の岩礁域や湾口の深場で産卵します。産卵後の仔魚はしばらく浮遊生活をしたあと、春に河口や内湾へ入り、そこから河川に遡上する個体も出てきます。水温が下がる冬には内湾を離れ、沖の深い場所で越冬します。

「秋は大型が出る」と言われるのは、この産卵前の時期にあたるからです。逆に春のマイクロベイトパターンは、稚魚や小さなベイトが河口域に集まってくる時期と重なります。

ただし産卵期も、地域差が非常に大きいことが分かりました。関東以北や日本海側では12月〜1月中旬とごく短い一方、九州近海は11月〜3月、土佐湾では11月〜4月と長い、という整理があります。西へ行くほど長く、北へ行くほど短い。水温の違いが理由です。

つまり魚の側の季節も、ベイトの側の季節も、地域で大きくずれるということです。全国共通のカレンダーに1つのラベルを載せることの限界が、ここにもあります。

結局、季節の列はどう使うか

正直に言えば、この列は「今の時期に何を意識すればいいか」の思い出し装置くらいの位置づけです。

  • 4月に「ハク・アミ」と出ていたら、ルアーを小さくすることを検討する
  • 10月に「落ちアユ」と出ていたら、河川で大きめのルアーを試す価値がある

その程度の使い方が妥当だと思います。その日そこで何が起きるかを予言するものではありません。 実際に何がいるかは、現場でベイトを見るのが一番速い。「何もない場所」の攻め方でも書きましたが、ベイトの気配は最優先の目印です。

一方で、潮・月・満潮の3列は違います。こちらは計算で正確に出せますし、今回調べたように、バチという生き物が実際に使っている手がかりでもあります。同じカレンダーの上でも、列によって信頼度が違う。 そこを混ぜないために、点数化を避けたとも言えます。

参考にした資料